氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 誰よりも彼女の近くいることを許された自分が、彼女をいちばんに傷つける。
 その事実にジークヴァルトは打ちのめされた。

 それだというのに、あの日、泣き叫びながら助けを呼ぶ彼女が口にしたのは、今まさに彼女を(はずかし)めている自分の名だった。
 その瞬間、内から一気に(あふ)れ出た感情の正体を、ジークヴァルトはいまだに知ることができないでいる。

 あの時彼女に名を呼ばれたその直後、ジークヴァルトの記憶は飛んだ。
 気づくと守護者の存在は遠のいて、リーゼロッテをこの胸に抱きしめていた。

(――いつかオレは彼女を壊す)

 あの日、彼女の髪に触れるこの指先は、どうしようのないくらいに震えてしまった。

 全幅(ぜんぷく)の信頼をおいて、いまだに彼女は自分にその身を預けてくる。そのことにジークヴァルトは戸惑い、そして己自身に恐怖を感じた。

 このままではいずれ自分自身が、守護者(ジークハルト)と同じことをしでかすだろう。いや、もしかしたらもっとひどいことを()いるかもしれない。あの日、彼女に向けられた感情の(たかぶ)りは、あまりにも(けもの)じみていた。
 それは確信であり、ジークヴァルトの中では避けられない確定事項だった。

(そばにいれば触れずにはいられない……)
 ならば彼女から離れるより他はない。己からリーゼロッテを守るには、それ以外に手立ては考えられなかった。

 その結論に至って、一度はリーゼロッテから距離を置いた。有事(ゆうじ)の際はすぐに対応できるようにと、つかず離れず。忙しい毎日にそれはたやすく実現し、それでいて、その日々は必要以上にジークヴァルトの精神を削っていった。

 夜、自室のソファに座り、幼い彼女の肖像画を見上げるだけの日々が(いく)ばくか続いた。
 その肖像画は、五歳のときにこの自室にやってきたものだ。一日の終わりに心を無にしてその絵を見上げるのは、子供のころから続く習慣だった。

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