氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 以前と同じ日々に戻っただけのはずなのに、絵の中の彼女の笑顔をただ見上げていても、昔のように心が晴れることはなかった。

 ジークヴァルトは自分はどこか欠落(けつらく)した人間なのだと、子供のころから理解していた。人の言う()()(あい)(らく)を、自分の中に見出(みいだ)すことができなかったのだ。

 過ごす日々は、目の前の課題にひとつひとつ対処していく単調なものだった。幼い時から次期領主として育てられ、そして当主となった今もそれは何も変わらない。数ある選択肢の中から最善のものを選びとり、解決すれば次の問題に。うまくいかなければ新たな策を。ただひたすら、その繰り返しの毎日だった。

 そこには喜びも、哀しみも、楽しみも、怒りも、何ひとつ存在しない。必要なものは言わずとも手に入る立場であったし、腹が(ふく)れれば食べるものもなんでもよかった。
 自ら欲するものなどひとつもない毎日に、時折どうしようもなく息が詰まった。

 そんなとき、肖像画の彼女の笑顔を見上げていると、なぜか()いだように心が落ち着いた。

 それが今、その屈託(くったく)のない笑顔を見上げているだけでは満たされない。それどころか、日ごとに何かがカラカラに乾いていく。本物の彼女を知ってしまった今では、何もかもが足りなすぎた。

 彼女に関することとなると、途端(とたん)にどうしていいかわからなくなる。
 今までのように、最善の策も、最良の選択も、なにひとつ正解が見いだせなくなる。

 自分のやることなすこと、から回っていると分かってはいた。彼女の戸惑ったような笑顔を見るたびに、自分はまた失敗したのだという自覚だけが積みあがっていく。

 だがその表情にすら喜びをみいだしている自分に、ただひたすら戸惑いを覚えた。
 自分の失くしたものを、彼女がすべて持っているようで、自分は彼女なしではもう生きていけないのだと、幼い彼女の笑顔を見上げながらジークヴァルトはどうしてだかそんなふうに思った。

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