氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 口と鼻を覆い隠すようにつぶやいたエーミールに、リーゼロッテは目を丸くした。

「え!? もしかしてわたくし、臭うのですか? 香水などは何もつけてはいないはずですが……」

 香油(こうゆ)などは肌や髪に塗られているかもしれない。匂いのきついものは人によっては気分が悪くなるだろうし、馬車のような密室ではなおさらだ。自分がスメルハラスメントをしているとしたら大問題である。

「いや、あなたの力が強すぎるのだ。侍女はそれで酔ったのだろう」
「わたくしの力が……?」

 エーミール自身、このまま馬車の扉を閉められたら、どれだけの時間()えることができるだろうと思ってしまう。フーゲンベルクの屋敷を出てすでに三時間は立つ。あの侍女はよく耐えた方だと言えた。

 この状況ではあの侍女をここに戻すことは(こく)だろう。しかし、未婚の自分やヨハンがリーゼロッテとふたりきりで同乗するのもはばかられる。もっともヨハンに限っては、あの巨体がこの馬車に乗り込めるとは到底(とうてい)思えないのだが。

「……仕方がない。あの侍女はわたしの馬の後ろに乗せることにします。あなたは到着までここでひとりきりになるが、辛抱(しんぼう)していただこう」
「わたくしは全く問題ないですわ」

「しかし、他の侍女はよく耐えられたものだな……」

 エーミールの独り言のようなつぶやきに、リーゼロッテはこてんと首をかしげた。今まで馬車に同乗した侍女と言えば、エラとエマニュエルくらいだろうか。

「エマニュエル様はわからないのですが、エラは無知なる者と聞いておりますから……」

 異形の者の影響を受けない無知なる者なら、異形を(はら)う力にも耐性があるのかもしれない。

「ああ、エデラー嬢は無知なる者だったな。……聞けばダーミッシュ伯爵一家もそうだとか。なぜあなたはわざわざそんな家に養子に出されたのか……」
「それは王がお決めになったことですわ」

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