氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 和やかな雰囲気のまま、仮縫いの場はお開きとなった。

「では、完成したドレスは王都のタウンハウスに届けさせていただきます」

 帰りしな、マダムはリーゼロッテの手を取って力強く言った。

「お嬢様はこれから花開かれる可憐な(つぼみ)……その花が開く一瞬の美しさを目にする機会を与えてくださったこと、心より感謝いたします」
「お礼を言うのはわたくしの方よ。マダム、素敵なドレスを作ってくれてありがとう」

 マダムは幸せそうに目を細め、再びくわっと目を見開いた。

「おまかせください! お嬢様の美しさを最大限に引き出すドレスを、かんっぺきにしあげてみせますわ!!!」

 目が血走っていて、リーゼロッテは引き気味に頷いた。

「そうだわ、マダム。アデライーデお姉様のドレスのことなのだけれど……」
 リーゼロッテはそう言って、マダムに何事か耳打ちした。

「まあ!」
「それでね、これをこうして……ここにはこんな感じで……」

 リーゼロッテがマダムに借りた紙に、不器用ながらもペンを滑らせていく。

「まあ! まあ! まあ!!」

 手にした紙を両手に握りしめ、マダムはわなわなと震えている。

「なんたる斬新(ざんしん)な発想……素晴らしいですわ、お嬢様……このクノスペ、新たなインスピレーションが泉のように()いて参りましたわ!!」
(つたな)い絵でしか説明できないのだけれど、検討してもらえるとうれしいわ」
「もちろんでございます! 早速帰ってデザインを詰めさせていただきます!」

 慌ただしくマダム一行は帰っていった。

(マダム……倒れたりしないといいけれど)

 あの程度の追加のお願いならば、ちゃちゃっと取り入れてくれるかと思ったのだが。あの様子では、マダムは中途半端なことはしなさそうだ。

(余計な負担をかけてしまったかしら……)

 いまさら言っても仕方がないが、自分の立場は思い付き程度で、軽々しく発言してはまずいのだと実感したリーゼロッテだった。気まぐれな発言で、部下を翻弄(ほんろう)する上役(うわやく)のようにだけはなりたくない。貴族の言葉は使用人たちには絶対なのだから。

 ふとエラと目が合う。思わず顔がほころんだ。それはエラの方も同じのようで、ふたりは見つめあったまま、ほのぼのと微笑みあった。

(エラには、自分のしあわせを最優先させるよう約束してもらったし……。それまでは心置きなく甘えてしまいそうだわ)

 いつかエラが自分から離れる決断をしたとき、自分は笑って送り出すことができるだろうか?

(できるかじゃなくて、絶対にそうしなくちゃ)

 リーゼロッテはいつか来るかもしれない別れに備えて、少しずつ心づもりをする決心をしたのであった。

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