氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 エラの目から見ても、誠実そうな女性だった。そんな女性を目の前にして、エラのペーターへの恋心が一気に冷めたとしても無理のない話だ。ペーターの言うことなど、到底(とうてい)受け入れられるはずもなかった。

「オレはあの女に(だま)されたんだ! 悪いのはオレじゃない!」
「あなた、それ本気で言ってるの?」

 ペーターはこんな男だったのか。信じたくはないが、自分の見る目がなかったということだろう。エラの思いは氷点下レベルにまで下降した。

「なあ、エラ。オレは本当にお前だけなんだ。お前の父親、エデラー男爵の力をもってすれば、あの女とのこともどうにでもなるだろう?」
「な――っ」

 男爵家を利用しようと近寄ってくる人間は、これまでも少なからずいた。商家から爵位を(たまわ)ったエデラー家は、今、飛ぶ鳥を落とす勢いのある家として、貴族の中でも注目を集め出している。

 ペーターが自分に近づいてきたのは、エラといれば男爵家の甘い汁が吸えると思ったからなのだ。その事実にエラは愕然(がくぜん)とした。

 庭師のペーターは、気さくで気の合う頼れる同僚だった。困ったときには幾度(いくど)も助けてもらったし、弱っているときは他の誰よりもそばにいて支えてくれた。
 二股をされても嫌いになり切れなかったのは、そんなペーターが好きだったからだ。それなのに今目の前いるペーターは、仄暗(ほのぐら)く笑顔をゆがませてエラを一向にその腕から離そうとしない。

 はじめからそのつもりだったのだ。エラに向けられた笑顔もさりげないやさしさも。すべてが偽りと打算で塗りつぶされていたのだと思うと、もう何ひとつ信じることなどできなかった。

「離して! あなたとはもう終わったのよ! 無理に決まっているでしょう!」

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