氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 怖かったのか悔しかったのか悲しかったのか。自分でもよくわからない感情に支配されて、エラはしばらくの間エーミールの前で泣き続けた。エーミールはそんなエラを(なぐさ)めるでもなく、エラが泣き止むまでただ黙ってそこに立っていた。

「……あの、助けていただいた上に、こんなふうに泣いたりして……(わたくし)(ごと)でご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 すんと鼻をすすりながら、エラはようやく顔を上げた。赤くなった目がなんとも痛々しい。

「いや、わたしも休憩中で何をしていたわけでもない。助けになったのなら、それでいい」
「はい、本当にありがとうございました……あの、こちらのハンカチは洗ってからお返しいたします」
「いや、別にいいだろう」

 そう言うとエーミールは、泣き止んだエラの手からひょいとハンカチを取り上げた。そのまま騎士服のポケットにハンカチをしまい込む。

「え? そんな、駄目です! 汚いですからきちんと洗わせてください!」

 慌てたエラは思わずエーミールのポケットに手を伸ばした。しかし、途中でエーミールに手を取られて(はば)まれてしまう。

「あなたの涙が汚いわけはないだろう?」

 驚いたエラは、思わずエーミールの顔を凝視した。公爵家で聞いた彼の噂話は、気位の高い貴族そのものだったのだ。

 エーミール・グレーデンという人物は、一見貴公子(きこうし)(ぜん)としたいい男だが、使用人たちにはいけ好かないお貴族サマとして嫌われている、というのがエラの中での認識(にんしき)だった。

 そんな彼に優男(やさおとこ)がするような発言をされて、自分の手を取ったままでいるエーミールの顔を(うかが)い見る。が、エーミールは至極(しごく)まじめな顔つきをしているだけだった。

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