氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 その様子は何を当たり前のことを、といったふうで、エラを口説(くど)こうとかそういった下心は微塵(みじん)も感じられない。エラの手を掴む手のひらも、差し出されたから礼儀的に手に取ったというような、そっと()えた程度のものだった。

「そんなことよりも、エデラー嬢。あなたは少し迂闊(うかつ)すぎるな。男爵家とはいえその権力を利用しようと近づく人間は少なくないだろう。もっと自身の立場を理解した方がいい」

 耳に痛いことを言われ、エラは何も言い返せない。しゅんとうつむいて素直に謝罪の言葉を口にした。

「まったくもってグレーデン様のおっしゃる通りでございます。今後はこのようなことを起こさないよう、細心の注意を払って行動します」
「ああ、分かればいい」

 そうか。この方は貴族として、しっかりと矜持(きょうじ)を持たれている方なのだ。
 エラはそう思いいたると、噂は当てにならないものだとしみじみ思った。使用人たちにしてみれば、彼のようなタイプの貴族は親しみやすさとはかけ離れていて、恐ればかりを抱いてしまうだろう。

 本来、貴族とはそんなもののはずだが、ここダーミッシュ家やフーゲンベルク公爵家の雰囲気が(なご)やかすぎて、ついそのことを失念(しつねん)していた。

 そんなことを考えていると、先程よりも近い距離でエーミールが自分の顔を凝視していることに気づく。

「あの……わたしの顔に何か……?」

 そう言ったエラははっとした。盛大に泣きまくった後だ。化粧が崩れて恐ろしいことになっているのかもしれない。

「いや……エデラー嬢、今日のあなたはいつもと雰囲気が違うのだな」
「先程にベッティに化粧を施してもらったので……」

 少し戸惑ったようなエーミールに、エラは伏し目がちにそう答えた。黒い涙の(あと)が自分の頬についていないことを祈りながら。

 エーミールは少し顔をしかめて「あの侍女か」と心底(しんそこ)(いや)そうにつぶやいた。

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