氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 少女も一瞬はひるんだが、カッとなった様子でエラに向かって手を振り上げた。エラは冷静にその手をよけて、逆に少女の手首をつかみ取った。

「よく聞きなさい。あなたのその言葉は伯爵家に対する不敬罪(ふけいざい)になるわ。出るところに出たら、マッシモ家はすぐにおしまいよ」

 これは戯言(ざれごと)ではない。貴族の力をもってすれば、例え何の罪などなくとも、一介の商家などひねりつぶすのは簡単だ。その恐ろしさをこの少女は何も理解していない。最もダーミッシュ伯爵がそんなことを望むなどありはしないのだが。

「何よ何よ何よ! あんたばっかりうまいことやって! その上、か弱いあたしまで(おとしい)れようっていうの! なんて性悪(しょうわる)(おんな)なの! あんたなんか地獄に落ちればいい!! あんたなんか、あんたなんか、お父様に言いつけてやるんだからぁっ」

 エラの手を無理やり振りほどくと、少女は取り巻きたちを連れてバタバタと走り去っていった。

 エラはその背中を無言で見送った。こんなことでいちいち心を揺り動かしていては、リーゼロッテのそばにいるなど到底できない。
 見ている人はきちんと見てくれている。それ以外のどうでもいい人間に何を言われようと、それは些細(ささい)なことだ。

(お嬢様をお守りするためにも、わたしはもっと強くならなくては)

 リーゼロッテは否応(いやおう)なしに貴族社会を生き抜かねばならない。自分はそのための(たて)となろう。エラは唇を引き結び、ぐっとこぶしを握り締めた。

 そんなエラの目の前に、すっとハンカチが差し出された。「えっ?」と思わず顔を上げると、そこには沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちのヨハンが大きな体を丸めるようにして、エラにハンカチを差し出していた。

「カーク様……?」

 今日はよくハンカチを差し出される日だ などと思いながら、エラはヨハンの巨体を困惑しながら見上げた。

「あ、いや、すまない。エデラー嬢が泣いているのかと思って……」

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