氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 もちろんエラは泣いてなどいない。ヨハンはバツが悪そうに手に持ったハンカチを引っ込めた。

「もしかして見てらしたのですか?」
「ああ……助けに入ろうかとも思ったのだが……以前アデライーデ様に、女性同士の(いさか)いに男が口をはさむものではないと(しか)られたことがあってだな……だから、その……本当にすまない」
「いえ、そのようにしていただけて、こちらもむしろありがたかったです」

 ああいった言い争いに男がしゃしゃり出ると、こじらせて後々(のちのち)ややこしいことになる。特にあの少女のようなタイプは、さらに闘志を燃やしてねちねちと陰湿(いんしつ)な手段に走りがちだ。アデライーデの言うことはまったくもって正しいとエラは心底(しんそこ)同意した。

「あの女性が手を上げたときは、思わず出ていきそうになったんだが……エデラー嬢は強い人なのだな」
「え? いいえ、そのようなことは……。ああいったことはよくあることですし……」
「そうなのか? しかし最近の市井(しせい)の女性は、随分(ずいぶん)とあけすけな物言(ものい)いをするのだな……」

 別に市井だからというわけではないだろう。あけすけな女は貴族の中にもたくさんいる。しかし、ヨハンの中の女性像を崩すこともないと思い、エラは曖昧(あいまい)に笑うにとどめた。

「カーク様、ありがとうございます」

 エラが深々と頭を下げると、ヨハンは慌てたように言った。

「いや、オレは結局ただ見ていただけだ。エデラー嬢の助けになったわけではないし」
「いえ、そのお心遣いだけで十分感謝いたします」

 エラが頭を上げて微笑むと、ヨハンは顔を赤くした。

「そ、そうか。そう言ってもらえるとオレもうれしい」

 照れたようにわちゃわちゃしているヨハンの手から、先程のハンカチが(すべ)り落ちた。

「あ、カーク様、ハンカチが……」

< 197 / 684 >

この作品をシェア

pagetop