氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
(これは……無知なる者の力なのか……?)

 異形を(はら)うこともできない力なき者。それが無知なる者だ。そう思って、今までその存在など歯牙(しが)にもかけなかった。

 エラに近づいたのは、利用できると思ったからだ。マテアスやエマニュエルに取り込まれていくリーゼロッテを見ているのは、正直おもしろくなかった。エラをうまく使えば、彼女を通じてリーゼロッテを自分へ引き込めるかもしれない。すべてはジークヴァルトのためだ。

 確かにエラは侍女として有能だと認めよう。自分の立場をわきまえる分別(ふんべつ)を持っているし、他の貴族女性のように自分にしなだれかかって(こび)を売ってくることもない。

 だが、エラは他の使用人たちと何も変わりはしない。使用人などは、使えるか使えないか、ただそれだけが存在価値の有無を分ける。彼女はジークヴァルトの婚約者の侍女であり、エーミールにとってはそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 しかし、エラに対して不可思議な感覚を覚えている自分に、エーミールはここのところずっと戸惑っていた。彼女に近づくとなぜだか心が穏やかになる。日々感じる苛立ちも、その時ばかりはすべてが些末(さまつ)なことに感じられた。

 ダーミッシュ伯爵の屋敷で、彼女と接する機会を自ら作りだそうと画策(かくさく)している自分に気づくと、エーミールはなぜそのようなことをするのかと己の行動を(いぶか)しんだ。結局はリーゼロッテを引き込むためだと無理矢理納得していたのだが。

(もしも、それすらも無知なる者の作用だとしたら……)

 彼らの存在は危険かもしれない。毒となるか薬となるか。きちんと見極めなくてはならないだろう。

 真剣な表情でエラの顔を見つめていると、エラが頬を赤らめながらもエーミールを気づかわし気な様子で見上げてきた。エラが差し出したハンカチは、いつの間にか椅子の上に落ちている。エーミールがエラの手を掴んだままでいる理由は、今どこにも存在しなかった。

(一体どうすればいいのだ……!)

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