氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 この手を離せば先ほどの吐き気が襲ってくる。一度楽になったこの体に、あの負荷が一度にのしかかってきたら、もう耐えきる自信はない。手を離したが最後、胃の中身をリバースすることは避けられそうになかった。
 しかし、エラの手を握ったままでいることも難しい。彼女は馬車に酔ったと思っているようだが、仮にそうだったとしてもこのように女性の手にすがるなど、何もできない無力な子供のようではないか。

 残された道は、ジークヴァルトに助けを求めるしかない。おそらくリーゼロッテの力が充満しているのは、ジークヴァルトの守りの力が馬車に張り巡らされているからだ。それを解いてもらいさえすれば、リーゼロッテの力は拡散されて、あの耐えがたい重圧からは解放されるはずだ。

(いや、駄目だ。ジークヴァルト様にそのようなことは頼めない)

 願い出ればジークヴァルトは否とは言わないだろう。彼は昔から弱い者にはためらいなくその手を差し伸べる。
 言われずともそうするのが当然というように、多くの者がジークヴァルトの手により救われるのを、エーミールは(かたわ)らでずっとみてきた。エーミールにしてみれば取るに足らないような者に対しても、ジークヴァルトはその立場と力を使うことを惜しむことはない。

 だからこそ、自分が手を差し伸べられる側になることは許されなかった。ジークヴァルトは、逆に近しい人間を甘やかすことはない。それは、その者の力量を認めているからに他ならなかった。
 弱音を吐かない限り、ジークヴァルトは自分の行動に口を出したりしない。まさに上に立つ者の器だと、エーミールは誰よりもジークヴァルトを崇拝(すうはい)していた。

 今のこの状況はすでにジークヴァルトにも知られてしまっているだろう。だが、何も言わないのは自分の力を認めてくれているからだ。そう思うと、エーミールは自ら弱音を吐くなど到底できなかった。

 エーミールは腹を決めて、エラから手を離した。目的地には程なく到着する。それまでは、己の矜持(きょうじ)にかけて耐えて見せよう。

「……ふ……ぐっ!」

 それでも漏れ出る声を、必死に押し殺した。椅子の座面に落ちていたハンカチを思わず握りしめる。小さいがエラの気配がする。ないよりましな程度だが、その感覚はエーミールの唯一の()(どころ)となった。

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