氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 何かを言いたげにしていたエラは、背筋を正してそのまま前に向き直った。ジークヴァルトに抱えられて恥ずかしそうにしているリーゼロッテを見て、そっと口元を(ほころ)ばせている。
 彼女がでしゃばりな女でなくてよかった。エーミールのプライドをくみ取って、何も言わずに引いたエラはよくできた侍女だと心から思う。

 気を(まぎ)らわすかのようにエーミールがそんなことを考えていると、前を向いて主人に視線を向けたままのエラが、静かにエーミールの手に自分のそれを重ねてきた。
 椅子に押し付けるように握りこまれた(こぶし)にそっと乗せられただけの手のひらは、一瞬にしてエーミールからすべての不快感を取り去った。

「な……っ!」

 エーミールの動揺をよそに、わずかな揺れに合わせてエラはさりげなく身を寄せる。視線をリーゼロッテから外さないままエラは小声でささやいた。

「エーミール様。お恥ずかしいのですが、わたし、先ほどの揺れのせいでまだ少し怖くて……もうしばらくこうしていていただけると、とても安心できるのですが……」

 エラはそう言いながらスカートのしわを直すふりをして、ふたりの重なった手のひらをそっとスカートの下に隠した。その自然な動きに、向かいに座るリーゼロッテたちは何も気づいていないようだ。

 エラの横顔はいたって冷静で、とても恐怖を引きずっているようには思えない。その様子に、エーミールは一瞬思考が飛んで頭が真っ白になった。
 エーミールのためではない。彼女はあくまで自分のために手を握らせてほしい、そう言っているのだ。それがわかると、じわじわと複雑な感情が()いてきた。

 嬉しいような情けないような、怒りにも羞恥(しゅうち)にも似たよくわからない思いが胸を占拠する。エーミールはエラの横顔を(にら)むように一瞥(いちべつ)した後、視線を窓の外に移して、握りこんでいた己の手のひらを上に返した。
 素早くエラの指をからめとり、握りなおす。一瞬驚いたように小さく身じろいだエラは、すぐに背筋を伸ばして正面に向き直った。

「……ありがとうございます」

 馬車の走る音にかき消されそうな小さな声に、そっぽを向いたままのエーミールは、ほんの少しだけ力を込めてエラの手を握り返した。

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