氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「ねえ、お母様。あちらの立派な馬車はどこの家かしら?」
「あの馬の家紋は……フーゲンベルク公爵家だわ!」
「公爵家! どうりで立派な馬車だと思ったら……! 素敵ね、一度でいいからあんな馬車に乗ってみたいわ」
「フーゲンベルク家の方が貴族街にいらっしゃるなんて珍しいわね。代替わりしてからここに来られたという話も聞かないし……先代の公爵夫人、ディートリンデ様がいらしたのかしら?」
「あら、でもディートリンデ様は前公爵様と共に、遠方で暮らされていると聞いたけれど」

 同じ時刻に到着し馬車から降りた三人連れの淑女が、立ち止まってひそひそと囁き合っている。
 しかしそんな様子なのはその三人だけではなかった。貴族街へ頻繁に足を運ぶのは、もっぱら(ひま)を持て余している噂好きのご夫人たちだ。お使いで来ている使用人も、主人のために貴族街で情報収集をするのは当然とばかりに周囲の会話に耳をそばだてている。

 たまたまその場に居合わせた者は誰もがこれ幸いとばかりに足を止め、中から一体誰が出てくるのだろうと、好奇心に満ちた視線を送っていた。

 公爵家の馬車が停車すると、御者のひとりが急いで扉の前に踏み台を用意し、もうひとりが中に声掛けをして馬車の扉を開けた。周囲の人間が固唾(かたず)を飲んで見守る中、馬車から降りてきたのはすらりとした細身の騎士だった。

「あの方はグレーデン家のご次男だわ!」
「まあ、エーミール・グレーデン様ね! こんな場所でお目にかかれるなんて、帰ったらみなに自慢しなきゃ!」
「やあん、エーミール様、相変わらず格好いい! 次男じゃなきゃ絶対に狙ったのに!」

 若い令嬢だけでなく年配の夫人までもが、エーミールの登場にハートマークを飛ばしている。

 そんな中、エーミールが馬車の中に手を差し伸べたかと思うと、次に茶色がかった赤毛の令嬢が現れた。簡素なコートとドレスに身を包んでいるが、遠目にもかなりの美人なのが見て取れる。その令嬢はエーミールに手を引かれ、洗練された動作で馬車から降りてきた。

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