氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 その場にいた誰しもがそう思った中、若き公爵はゆっくりと馬車の中の人物に手を差し伸べた。
 その手を取った小さな白い手を認め、広いはずの馬車留めのロータリーは、不自然なほどの静けさに包まれた。想像していたのとはまったく違った(はかな)げな令嬢の登場に、一同は驚愕に目を見張った。

 蜂蜜色の長い髪が吹く風にふわりと揺れる。雪のような真っ白な肌に、恥ずかし気に赤く染まった頬。色づいた唇はみずみずしい果実のようだ。伏せられた瞳は、エメラルドと見まごうほどの美しい緑色をしており、その(きら)めきは見る者の目をくぎ付けにした。
 公爵の大きな手に導かれて、その華奢(きゃしゃ)な令嬢は流れるような美しい所作で音ひとつ立てずに馬車から降り立った。公爵の腕の中に引き寄せられ、はにかんだように彼を見上げている。

「あのご令嬢はどなた……?」
「……もしかしてだけど、あの方、深窓(しんそう)妖精姫(ようせいひめ)なんじゃないかしら」
「え? 妖精姫って……ダーミッシュ伯爵家の(まぼろし)の令嬢ってこと!?」
「そういえば、フーゲンベルク公爵様には婚約者がいるっていう噂を耳にしたことがあるわ。そのお相手はダーミッシュ伯爵のご令嬢だとか」
「あの王妃殿下のお茶会の話ね! そんな……あれはただの噂話だと思っていたのに……!」

 静寂が一気に崩れ、その場はどよめきにあふれた。公爵夫人の座を狙っていた者は青ざめ、幻の妖精姫をぜひその目に収めようする者は、好奇に満ちた視線を向けた。可憐な令嬢の姿に目を奪われている紳士も数多く、その場はかつてなく騒然とした状態になった。

 そんな周囲をしり目に、公爵一行はゆっくりと立ち並ぶ店のある目抜き通りへと向かって行く。

 この日の目撃情報は、(またた)()に社交界へと広がっていくのだった。

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