氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 ハンスの言いようにエラは眉をひそめたが、下手によその店で買い物するより変な噂が立たずに済むだろう。自分がエーミールに贈り物をされたとあっては、社交界でどう噂されるかわかったものではない。エラはどんな噂がたっても別段(べつだん)困らないが、エーミールにとってはおもしろくはないはずだ。
 グレーデン侯爵家は歴史の深い貴族だ。昔ながらの貴族社会の規律を重んじ、エデラー家のような新興(しんこう)貴族(きぞく)を快くは思っていない。その程度の常識はエラもきちんと持ち合わせていた。

「いい? エーミール様に恥をかかせない程度の物を選んで出してちょうだい」

 エラのその言葉にハンスの目がキランと光った。彼がいつも売り上げを計算するときにしている目だ。きっとこの店で一番高い物を売りつけるつもりなのだろう。エラはため息をついて小声で付け加えた。

「絶対にぼったりしないで。値段は原価(げんか)()れしない程度で提示するのよ?」
「えぇ~」

 男爵令嬢とはいえ、エラも商売人の娘だ。その目利(めき)きをごまかすことなどできない。ハンスは落胆(らくたん)の色を隠しもせずに、エラの言うことに従って店にある最高級の品物をいくつか並べてみせた。

「こちらのクラバット・ピンなどは素敵ですね」

 エラは伺うようにエーミールを見上げた。クラバット・ピンとは貴族の男性が首元に巻くスカーフを止めるために使うピンのことだ。

「そんなもの、女性のあなたは使えないだろう? それとも誰かに渡したいのか?」
「い、いえ、その、エーミール様にお似合いではないかと……」
「誰がわたしのために選べと言った。余計なことは考えずに、あなたが欲しい物を選んでくれ」

 エーミールは苛立ったように言った。女性など宝飾品(ほうしょくひん)を与えてやればそれでよろこぶと思っていた。なのになぜエラは素直にそうならないのか。

 こういった場面で大概(たいがい)の女性は、自分と(そろ)いになるようなものをねだってくる。もしくは、婚約者同士がよくするように、お互いの瞳や髪の色の宝石などを選んで、揃いの物をエーミールにも身に着けさせたがる。

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