氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 婚約者のために店をまるっと貸し切るなど、貴族と言えどそうそうできることではない。店のおじさんも見ている手前、申し訳ないなどと口が裂けても言ってはダメだ。ジークヴァルトの婚約者として、ここは思い切り賞賛と感謝の意を伝えるべき場面なのだ。

 そう思いなおしたリーゼロッテは、胸の前で祈るように組んだ手と頭を同じ角度で傾けた。そのままの姿勢で、隣に立つジークヴァルトの顔を上目遣いで覗き込む。リーゼロッテの思いつく限りのあざと可愛いポーズだ。

「マア! ナンテステキなのカシラ! とってもウレシイですワ、ジークヴァルト様!」

 その体勢でしばらく青い瞳とじっと見つめあう。

(ちょっと……いえ、かなりわざとらしかったかしら)

 作り笑顔のまま背中を冷や汗が伝う。もっと演技力を身につけなくては、恥をかくのはむしろ自分の方かもしれない。

「……ああ、時間はある。ゆっくりと選べばいい」

 ようやくジークヴァルトが口を開いてくれた。ほっと息をつくと、リーゼロッテはわざとらしい感謝のポーズを解いて店内に視線を戻した。
 何も買わないという選択肢はないのだろう。とりあえず、何か一つでも選べば、ここでのミッションは無事完了するはずだ。

「こんなに素敵な物ばかりですと、どれにするか迷ってしまいますわ……」

 これは正直な気持ちだったので、違和感なく口に出すことができた。思い返せば、異世界での生活では与えられるばかりで自ら選んだことはない。そう思うと、目の前の品々に心が(おど)る。

真正(しんせい)のセレブなら、アレができるのに……!)

 リーゼロッテの言うアレとは、「ここからここまでいただくわ」というセレブ定番のアレである。しかし悲しいかなリーゼロッテの性根(しょうね)生粋(きっすい)の庶民。その気質は令嬢生活十五年をもってしても、(ぬぐ)い去ることはできなかった。

「迷うくらいなら店の品全て買えばいい」
 隣から感情のこもらない声でとんでも発言が飛び出した。

(ほんまもんのセレブがここにいた!!!)
 あまりにも身近からの真打(しんうち)登場に正直ドン引きだ。

< 239 / 684 >

この作品をシェア

pagetop