氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 責めるでもないクリスティーナの静かな言葉に、ヘッダの顔が苦し気にゆがむ。今にも泣きだしそうなヘッダに、クリスティーナははずしたヴェールを手渡した。

 黒い台座の上に視線をおくる。そこにあったはずの水鏡は、跡形(あとかた)もなく消え失せてしまった。

「そう……あの鏡はすべて、わたくしのためにあったというわけね」

 彼女と自分を今日ここで引き合わせるためだけに、龍はあの水鏡をこの手によこしたのだ。

「言われずとも、覚悟は決まっていると思っていたけれど……」
「クリスティーナ様……」
「大丈夫。大丈夫よ、ヘッダ。わたくしはこの国の王女として託宣を果たす義務がある」

 本来なら、隣国へ嫁ぐのは第一王女である自分の役目だったはずだ。それをまだ十六だったテレーズは、泣きごとひとつ言わずに陰謀(いんぼう)渦巻(うずま)く隣国へとひとり旅立った。誰ひとりとして味方のいない見知らぬ地で、妹はどれだけ恐ろしい目にあっているのだろう。そう考えると、今でも身が凍る思いだ。

「わたくしひとりが逃げ出すわけにはいかないのよ。わたくしはそのためだけに生かされてきた……」

 ヘッダに、と言うより自分に言い聞かせるようにつぶやいた。知らず、右手の甲を反対の手で握りしめる。そこには自身が受けた託宣の(あかし)が刻まれている。

「……そして、それは彼女のせいではない」

 彼女が背負うものは、自分の想像をはるかに凌駕(りょうが)していた。ふたつめの託宣を受ける者は過去にも存在はしたが、龍に慈悲などないのだろうか。
 その重さすべてが、あの細い体に課せられているのだ。自分はその中のひとつの歯車にすぎない。だが、それは決して欠かすことのできない歯車だ。

宿世(すくせ)とは逆らえぬ深き(ごう)……だからこれは、あなたのせいではないのよ、リーゼロッテ・ラウエンシュタイン」

 確かめるようなクリスティーナのその言葉を、ヘッダはただ隣で聞いていることしかできなかった。

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