氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 ()しくも次に呼ばれるのはダーミッシュ伯爵家だ。
 ブラル伯爵が王の前から退場していくと、会場にいたほとんどの貴族が、デビュタントの登場口である大きな二枚扉に視線を向けた。その空気に気づかないのは、そんな事情を知らぬ新参の貴族くらいである。

 それでなくともダーミッシュの妖精姫は、幻の令嬢として社交界ではたびたび話題に上る。そのふたつ名の通りに妖精のように可憐(かれん)であるとか、その正体は悪魔のように(みにく)いのだとか、様々な憶測(おくそく)が飛び交っているのだ。

 貴族の容姿は実物を超えて褒めそやされることが常である。肖像画などはその最たるものだ。上位貴族の子息・令嬢ならばどんなに凡庸(ぼんよう)であろうとも、噂も肖像画も称賛の声までもが美男美女と化す。

 妖精が出るか悪魔が出るか。そう言った意味合いでもダーミッシュ伯爵令嬢は、今期のデビュタントの中で注目を一番に集める存在だった。

 フーゲンベルク公爵との婚約話の真偽(しんぎ)のほども、今宵(こよい)、すべてが明かされるだろう。なにせ役者がこの場にそろうのだ。(ひま)を持て余す貴族たちにとって、これほど好奇心を満たしてくれる話題はそうそうあるものではない。

「フーゴ・ダーミッシュ伯爵、リーゼロッテ・ダーミッシュ伯爵令嬢、ご登場!」

 よく通る声が高らかに響いた。それと同時に大きく重い二枚扉が開け放たれる。付近にまで詰め寄っていた貴族たちの会話が途切れ、誰かののどがごくりと鳴った。

 異様に静まり返った広間に、ダーミッシュ伯爵にエスコートされた令嬢が姿を現す。

 蜂蜜色の髪をまとめ髪にして、幾筋(いくすじ)かの後ろ毛がサイドに流されている。エメラルドと見紛(みまご)うほどの緑の瞳を伏せ、王が待つ壇上(だんじょう)までの長い道のりを、令嬢はゆっくりとした足取りで進んでいく。

 その場にいた誰しもがその姿を目で追った。ある者は目を見開き、ある者はぽかんと口を開け、またある者は心奪われたように息をのむ。始終おしゃべりに興じていた夫人たちでさえ、言葉を失ったようにただその姿をみつめていた。

 繊細(せんさい)刺繍(ししゅう)が施されたシンプルだが上質な白いドレスを身に(まと)い、そのドレスの(すそ)には美しい青のグラデーションが施されている。

 華奢な胸に輝くのは青い大ぶりな石がついた見事な意匠(いしょう)の首飾りだ。令嬢が進むごとに、その首飾りが複雑に光を返す。そろいの耳飾りにも青い石が揺れ、その(たたず)まいはまるで、幻想の世界から紛れ込んできた姫君を目にしているような、そんな錯覚に(おちい)る。

< 265 / 684 >

この作品をシェア

pagetop