氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 ふと周りから不満を(はら)んだざわめきが聞こえ始める。キュプカー侯爵の挨拶が済み、最後の一家を残すのみだが、一向にその名が呼ばれない。今までのペースだったら、もうとうに呼ばれてしかるべき時間が経過していた。

「ああ、トビアス殿の到着が遅れているそうで……。なんでも隣国でまれに見る大雪が降ったらしく、帰国の途中で足止めを余儀(よぎ)なくされたようです。もう国内に入ったとの知らせはあったと聞きましたが、まだ王城に到着されていないのかもしれないですね」

 キュプカー侯爵が思い出したように言った。トビアスはこの国の外交を担うクラッセン侯爵である。アンネマリーの父親であり、リーゼロッテの伯父(おじ)に当たる人物だ。

 トビアスとはダーミッシュの屋敷で幾度か会ったことはあるが、いつも義父(ちち)や家令のダニエルと難しい話をしている印象しかない。リーゼロッテにとっては、ちょっと近寄りがたい親戚(しんせき)のおじさんといった存在だった。

 そのとき王のよく通る声が会場に響いた。

「みなの者。クラッセン侯爵は(ほど)なくして到着する。まずは、(しろ)貴族(きぞく)たちを歓迎しよう。さあ、(うたげ)の始まりだ」

 白き貴族とはデビュタントたちのことだ。デビューを果たす者たちはみな白を基調とした衣装を身に(まと)うため、その名がついたとされている。一目(ひとめ)見ればこの広い会場で誰がデビュタントなのか一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)となる便利なシステムだった。

 王の声と共にオーケストラの演奏が始まる。デビュタントたちはパートナーと共に、ダンスフロアで手を取りあった。

「リーゼロッテの記念すべき日だ。さあ、今夜はたのしもう」

 フーゴにやさしく言われ、リーゼロッテは頷きながら差し出されたその手を取った。他のデビュタントとぶつからないようにと、ふたりで周りと間隔を開けるように移動する。
 デビュタントたちの準備が整ったのを見計らうと、ゆるやかなメヌエットの演奏が始まった。超初心者向けの舞踏会の定番曲だ。

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