氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 壇上目前まで近づくと、ハインリヒ王子がはっと息をのむのがその場所からでもわかった。驚愕(きょうがく)した様子で、アンネマリーを凝視している。
 アンネマリーは震える体を叱咤(しった)して、王の前で礼を取った。

「クラッセン侯爵、悪天候(あくてんこう)の中よくぞ戻った。大儀であったな」
「ありがたきお言葉」

 礼を取りながらもトビアスの声は(けん)を含んでいる。

「国のため、これまで忠義を尽くしてまいりました。それをこのような形でお褒めを頂くとは、夢にも思ってもおりませんでした」

 王の足元を(にら)みつけたまま、トビアスは冷たい声で言った。このような形で、と言った時、一瞬だけ横で礼を取るアンネマリーに視線を向ける。
 父のあからさまな態度にアンネマリーは身を震わせた。王子が見ている。そう思うだけでここから逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

 今、アンネマリーが着ているドレスは、純白の飾り気のないシンプルなものだった。白はデビュタントの(あかし)だが、(つね)ならば、フリルやリボン、刺繍などにさし色を入れて、それぞれが自分の色を出す。アンネマリーのように真っ白いドレスで参加する者など皆無(かいむ)だ。

 このドレスは王妃から後日(おく)られたものだった。強制はなかったものの、白の夜会用に用意されたであろうことは容易に分かる。一貴族として、それを拒絶することは叶わなかった。

 アンネマリーの(よそお)いで、唯一、色を放っているのは、その胸元に輝く一粒の大きな石――紫がたゆとう、それはそれは美しい宝飾だ。白一色のドレスが、その紫をより一層際立(きわだ)たせている。

 この石を身につけていると、あの日々に戻ったような錯覚(さっかく)(おちい)る。きらめく木漏れ日と、(おだ)やかな声。あたたかく、こころが(ほど)けていくようなやさしい笑顔。
 目の前の王子は、こんなにも凍った表情(かお)をしているのに――

 アンネマリーは王子の視線を感じて、これ以上は見られないようにと青ざめた顔をさらに(うつむ)かせた。

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