氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「王妃殿下におかれましては、我が娘にこのように過分なる物をいただき、感謝の念しかありません。この宝飾(ほうしょく)は我が家の家宝として、誰に触れさせることなく(くら)の奥深くにしまい込んでおきましょう」

 いまだに床を(にら)みつけているトビアスが、憎々(にくにく)()な表情で(こうべ)()れた。その様子を()(かい)するそぶりも見せずに、王妃はあやしげな笑みを口元に含ませる。

「しまい込むなどと無粋(ぶすい)なことを。最適な場所に(かざ)ってこそ、意匠(いしょう)も輝くというものよ」
「恐れながら、このように珍しい色彩を放つ宝飾など、我が娘には身に余るというもの。他にもっと相ふさわしいご令嬢がおられるはずです」

 珍しい色彩とは、ハインリヒの瞳の色に他ならない。デビューの夜会でこんな石を身に着けるなど、本来ならば正気の沙汰ではなかった。

 相手の色を(まと)うということは、身も心もその者に(ささ)げるという(あかし)だ。王太子(おうたいし)()の座を狙う家であっても、こんな大胆なことはしないだろう。

「この夜会が終わり次第、娘も連れて再び隣国へ(おもむ)く所存です。出立(しゅったつ)の準備ができ次第、(すみ)やかに、一刻も早く」
「ならん」

 不意にディートリヒ王の声が重く響く。思わず顔を上げたトビアスに、ディートリヒ王はもう一度告げた。

「それはならん、クラッセン侯爵」
「……――っ!」

 抗議するように何かを言いかけたトビアスに、ディートリヒ王は静かな笑みを向ける。

「この冬は(つね)ならぬ寒さになろう。すでに雪も多く積もっている。娘を連れていくのはせめて春の雪解けを待つが良い」

 隣国へ向かうには、(とうげ)を一つ越えなければならない。今年、峠に降る雪は例年よりも早く、トビアスも帰国の際に難儀した身だ。これからの時期の道中は、さらに危険を(はら)んだものとなるだろう。屈強(くっきょう)な男ならまだしも、アンネマリーにとってそれは確かに過酷なことかもしれない。

「……王の仰せのままに」

 奥歯をかみしめて、トビアスは絞り出すような声で言った。こうなれば、もはやここにいる意味はない。あとは一刻も早くこの場を()するだけだ。

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