氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 アンネマリーは困惑したように視線をそらした。カイが王妃に言われてやってきたであろうことは、アンネマリーにも容易に想像がつく。

「あれはちゃんとハインリヒ様に渡しておいたから」

 耳元で(ささや)くように言われ、アンネマリーの体がびくりと()ねた。王子の名前に、嫌でも鼓動が反応してしまう。

「ハインリヒ様、すっごいへこんでたよ」

 茶化すように言うカイに、アンネマリーは思わず顔を上げた。そしてすぐその顔をゆがませる。

「そのような嘘はおっしゃらないでください」
「嘘なんかじゃないよ」

 カイは心外だとばかりに大げさに目を見開いた。

「今だってそうだよ。ほら、ハインリヒ様、君と踊るオレをあんなふうに(にら)んでる」

 くるりと位置を変え、アンネマリーから壇上が見えるようにする。カイの肩越しの王子は、こちらを(けわ)しい顔で凝視していた。自分たちが移動するのに合わせて、その視線も追ってくる。
 しかしあれは嫉妬の視線なのだろうか? アンネマリーにはとてもそうは思えない。いたたまれない気持ちになって、アンネマリーは王子から視線を()らした。

「そのような嘘は残酷ですわ」

(まったく……ハインリヒ様も罪深いな)
 ハインリヒのやりようを思えば、アンネマリーの反応も仕方がないことだ。しかしカイは意に介した様子もみせず、柔らかく笑った。

「それでもオレは何度でも言うよ。アンネマリー嬢、ハインリヒ様を信じてやってもらえないかな?」

 カイの言葉に目を見開く。しかしそれを素直に受け入れることができようはずもない。うつむいて唇を噛んだまま、(ほど)なくしてダンスは終わりを告げた。

 カイに手を引かれ、ダンスフロアから外へと出る。トビアスは誰か貴族につかまって、こちらを気にしつつも話し込んでいるようだ。

 不意に王族用の入口付近からざわめきが聞こえだした。カイに手を取られたまま、アンネマリーもそちらへ視線を向けた。はっと息をのんだアンネマリーにカイは(いぶか)しげな顔をする。

「アベル殿下がなぜここに……!?」

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