氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
(アベル殿下? ……隣国の第三王子か?)
 アランシーヌの第三王子はテレーズの夫である。そんな隣国の王族が来るなどと言う話は、王妃からもカイは聞いていなかった。

 王城の文官たちとなにやらひと悶着(もんちゃく)起こしている様子だったが、アベル王子はこちらの、おそらくアンネマリーの姿に目を止めた。押しとどめようとする文官を振り切ってアベル王子はこちらへと向かってくる。

《久しぶりだな、アンネマリー》
《アベル殿下……なぜこのような場所に……》

 二人が話すのは隣国の言葉だ。その言葉を理解しないカイは内容まではわからない。だが、その雰囲気を察することはカイにもできた。

《お前のデビューを祝いにわざわざ来てやったんだ。もっと嬉しそうな顔をしろ》

 アンネマリーはアベル王子と特別親しかったわけではない。テレーズの夫として、必要に応じて会話をすることはあるにはあったが、その時は必ずテレーズが間にいた。ふたりきりで会うようなこともなかったし、常に適切な距離は保っていたはずだ。

《まあ、いい。……ちょうどいいな、こっちに来い》

 いきなり腕を引かれ、出てきたばかりのダンスフロアへと連れていかれる。戸惑う貴族たちをしり目に、アベル王子はアンネマリーの腰へと手を回した。
 ダンスフロアにはすでに軽快なワルツが流れており、多くの貴族たちが踊りを楽しんでいた。その中にアンネマリーは引っ張りこまれる。強引なリードに有無を言わさずアンネマリーは踊り出すより他なかった。

 急なことでカイもそれを止めることはできず、ふたりをダンスの波の中に見送る形になってしまった。咄嗟(とっさ)にカイはイジドーラ王妃に視線をやった。王妃は王と共に、ただダンスフロアを静かに見つめているようだ。

《随分といやらしい体つきになったな》

 極力、体が触れないようにと姿勢を保っていたアンネマリーの体が、ぐいと強く引き寄せられる。アベル王子の胸板に自分の胸が当たり、アンネマリーは顔をゆがませて身を離そうとした。しかし、逆に体を押し付けられ胸の谷間を強調させる形になってしまう。

《王太子の手付きになったか? 帰国して短い間に手の早いことだ》
 ちらりと壇上の方へと目を見やり、アベル王子はせせら笑うように言った。

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