氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「その娘は今宵(こよい)の主役であるデビュタントのひとり……我が国の大事な宝ですわ。それを、このように(たわむ)れるのは無粋(ぶすい)と言うもの」

 小国とはいえ一国の王妃を前にして、アベル王子はしぶしぶアンネマリーから手を離した。イジドーラ王妃に妖艶(ようえん)に微笑まれて、若干(じゃっかん)たじろいだ様子を見せる。

「アベル殿下のお相手はわたくしが務めますわ。それとも、わたくしでは役不足かしら……?」

 長手袋をはめた手を、ついとアベル王子へと差し伸べる。アベル王子は不遜(ふそん)な笑みを口元にたたえ、(うやうや)しくイジドーラの手を取った。

「お美しいイジドーラ王妃の申し出を断れる男がいるものですか」

 王妃への敬意をあらわすために、流暢(りゅうちょう)なブラオエルシュタインの言葉で返す。そのままダンスフロアへと向かって行き、中央付近でふたりがポジションを取ったタイミングで、再びワルツの調べが流れ始めた。

「おふたりとも今のうちに」
 途中、王妃の目配せを受けたカイが、アンネマリーとトビアスを会場の外へと誘導する。

 フロアで見つめ合いながら踊る王妃とアベル王子をちらりと見やり、次いでカイは壇上のディートリヒ王を盗み見た。

(はは、あれは相当怒ってるな)

 先ほどと同じくディートリヒ王は静かな目つきで会場をみやっている。だが、イジドーラは王妃となってからこの方、ディートリヒ王以外の男と踊ったことはない。ディートリヒ王は意外と、いや、相当嫉妬(しっと)(ぶか)いことをカイは知っていた。

 恐らくアベル王子は早急に隣国へと送り返されるだろう。ディートリヒ王を敵に回すなど、愚かな王子だ。カイはそう思いながら夜会の会場を後にした。

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