氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「アンネマリーはアベル殿下に何を言われたの?」
「……アベル殿下の……側妃(そくひ)になれと」

 消え入りそうな声でアンネマリーは答えた。ジルケは言葉を失った。思わずトビアスの顔を見やる。その顔は、なぜアベル王子を連れてきたのだと、非難を含んだものだった。

 トビアスは「そうか」と言って大きく息を吐いた。アベル王子の目的はまさにそれだったのだ。テレーズが不安定な今、せめて心の支えにとアンネマリーを欲したのだろう。
 だが、アンネマリーはこの国の貴族の娘だ。王族とはいえ、何もかもがアベル王子の思うようになるはずもない。

「アンネマリーを側妃にすれば、誰にも口出しされずにテレーズ様のもとに置けると思われたのか」

 アベル王子の所有となれば、他の王子も手を出しづらくなるだろう。だが、第三王子を失脚(しっきゃく)させようとたくらむ政敵は、今までもテレーズのみならずアンネマリーすら標的にしてきた。

 アベル王子はテレーズを大事にしている。それを疑うことはない。
 だが、やり方があまりにも稚拙(ちせつ)で考えなしだ。アベル王子は真っ直ぐな気性で三人の王子の中でいちばん人望が厚い。しかし、こういった甘いところが他の王子を出し抜けない要因だった。

「まさか、あなた……アンネマリーを差し出すおつもりではないでしょうね」

 (けん)を含んだジルケの声が問う。アンネマリーは(おび)えたようにその胸にすがりついた。アンネマリーもテレーズの元に戻りたいとは思っている。だが、それはそんな形で望むものではなかった。

「そんなこと死んでもさせるものか」
 外交としてはありかもしれないが、父としてそれを許容することはトビアスとて出来なかった。

「それにテレーズ様はもとより、ディートリヒ王がそんなことをお許しにはなるまい」

 そのことだけは確信できる。ディートリヒ王は我が子可愛さに、他人を踏みつけにするような人間ではなかった。

 隣国の内情を知れば知るほど、この国がいかに平和か身に染みて感じる。この平穏な日々を他国から守るためにも、トビアスは外交を任されているのだ。
 しかし、その余波がすべてアンネマリーに向かっているような気がして、トビアスは眉間のしわをさらに深めた。

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