氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「うん、それでね、オレ、一度でいいからあそこの店に入ってみたくて。でも、オレってば、いいとこの坊ちゃんだからさ、気が弱くてひとりで入るのに勇気がいるんだ。だから、ルチアさえよければ、一緒に入ってくれるとうれしんだけど」

 ルチアはポカンと口を開けた。カイが入りたいと言った店は、今まさにいい匂いをさせている食堂だ。それに気づくと、ルチアはますます不審げな顔になった。

「嫌? 君が一緒に入ってくれれば、オレも勇気が湧いて堂々と入っていけそうな気がするんだけどなぁ。うーん、じゃあ、こうしよう。これはオレからルチアに仕事の依頼。ルチアが一緒に店に入ってくれたら、報酬として店のもの何でもご馳走するってのはどう?」
「仕事?」

 ルチアはぱっと顔を上げた。

 意味もなく施しを受けるのが嫌なのだったら、そういうことにしてしまえばいい。ルチアはしばらくカイの顔をまじまじと見て、何かがおかしいと感じつつも、最終的に空腹には勝てなかったようだ。

「い、いいわ。その仕事、うけてあげる」
「やった! ありがとう、頼りにしてるよ」

 カイが琥珀色の瞳を細めて笑うと、ルチアは少し乱暴にカイの手を取った。その手を引いて、くだんの店の扉の前へと連れていく。ルチアはそのままの勢いで店の中へと入っていった。

 ごろんという()びたドアベルの音に、店にいた男が「いらっしゃい」と声をかけた。

「えと、ふたりなんだけど、席は空いてる?」

 空いているも何も、店の中にはほかに誰も客はいない。店の男がカイの顔を見て何かを言いかけたとき、カイはしーっと口元に指をあてた。男は眉根を寄せたがそれ以上は何も言わずに、好きな席に座ってくれとルチアに返した。
 ルチアは頷くと、カイを一番奥の席に導いていく。気の弱いいいとこの坊ちゃんであるカイを、きちんと世話する気でいるようだ。奥の席を選んだのも、気遣いのひとつらしかった。

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