氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「そこまでにしてやってくだせぇ、カイ坊ちゃん」

 厨房から出てきたダンが、ルチアの前に片膝をついた。目線を合わせるように屈みこむ。

「よかったら、事情を詳しく話してくだせぇ。なに、あっしは旦那にここをまかされてるんでさぁ。彼を頼ってきた女を放っておいたとあっちゃあ、あとで何を言われるかわかりやせん」

 殺し屋の顔でダンはにたりと笑った。もちろん、ルチアを安心させるためだ。ルチアはぎゅっと唇をかむと、ポケットにしまっておいた()り切れた紙を取り出し、ダンに差し出した。

 先ほどカイに見せたものとは別の紙で、それは手紙のようだった。カイは手渡される前にそれをさっと盗み読む。

 親愛なる I Geo L様 
 どうかこの娘が独り立ちできるまでお力をお貸しください。                    
                A. S 

 女性が書いたような美しい文字だ。そこには教養が伺える。

( I Geo L……イグナーツ・ゲオ・ラウエンシュタインか)

 カイは内心(あき)れかえっていた。ゲオとはイグナーツの託宣名だ。託宣を受けた者は、みな必ずミドルネームを持っている。それは表に出すようなものではないし、まして他人に教えるなど、王家や神殿にとっては禁忌(きんき)の事だった。
 カイですらおいそれと他人の託宣名を口にすることはできない。たとえそれを知っていたとしても。

(そもそも龍に目隠しされるはずなのに)

 託宣の存在を知る自分ですら口にできたということは、龍がそれを黙認しているということか。

(それにしても、A. S……アニサ Sか)

 ルチアの母親が教会を避けているのは間違いなさそうだ。教会をたどれば上には神殿が待っている。ひいては貴族、そして王家にもつながる。

(犯罪者……と言うより、見つかるのを避けているのか?)

 だが、誰に?
 もしかしたらルチアは、貴族の誰かの落とし(だね)なのかもしれない。愛人の子供の存在が知れて、本妻に命を狙われるという事案は、過去にいくつも存在する。

 それが男児だった場合、跡目(あとめ)争いの種になる。子供の命を守るために、男児を女として育てることもあり得る話なので、カイは先ほどさりげなくルチアに触れて確かめた。

(ルチアは間違いなく女の子みたいだし……)

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