氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 本妻が嫉妬深く、用心を重ねて生きているのかもしれない。だが、愛人を囲うような貴族の近辺はすでに一通り調査済みだ。

 市井(しせい)(まぎ)れた貴族の血筋をたどるのは容易なことではない。当事者が名乗りを上げないことには、その存在は永遠になかったことになる。

(少し調べる必要があるか)

 A. Sというイニシャルの貴族女性かそれに近しい存在。アニサと言う名前はおそらく偽名だろうが、ルチアの生まれた年の近辺でおきた社交界の動向から何かがわかるかもしれない。

 ハインリヒの託宣の相手が貴族の中で見つからない今、もはや市井からその存在を見出すしかない。ほんの少しの手がかりでも、ひとつひとつ情報を確かめていくより方法はなかった。

(案外、ルチアに龍のあざがあったりして……なんて、そんな簡単に行くなら苦労はないか)

 それでも確かめる価値はある。だが、今ここで彼女を裸にひんむいて、あざの有無を調べるわけにもいかないだろう。ルチアがもう少し年頃の娘だったのなら、カイにもやりようがあるのだが。本人に直接聞いて、いらぬ警戒をされて逃げられるのも避けたいところだ。

(やっぱり彼女がいないと不便だな)

 彼女がいれば世話を焼く形で、体の隅々(すみずみ)まで確認が取れるのに。だが、彼女は今、別件で任務遂行中だ。

(もう一度、様子を見に行きがてら、ついでに回収しに行くか)
 その前にイジドーラにも報告をしなくては。事前に根回しがあった方が、カイとしても動きやすい。

 カイがそんな思案を巡らせていると、手紙に目を通したダンが一度立ち上がった。

「カイ坊ちゃんの運命の幼女殿」
「ルチアよっ!」

 ルチアが憤慨したようにダンを見上げた。殺し屋フェイスにはもう慣れたようだ。

「失礼、カイ坊ちゃんの運命のルチア殿。しばし待っていておくんなせぇ」

 厨房の奥に引っ込んでいくダンの背中に「ただのルチアよ! 変な前置きつけないで!」とルチアが叫んだ。ダンはその言葉に軽く片手をあげると、そのまま奥に姿を消した。しばらくして小さな麻袋(あさぶくろ)を手に戻ってくる。

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