氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 そこを食い入るように凝視していた異形の瞳が次第に潤んでいき、光の粒が涙のようにぽろぽろとこぼれ落ちた。その腕を伸ばし、白い狭間(はざま)へと必死に手を差し伸べる。リーゼロッテはそれを手助けするように、手のひらを広げて緑の力を異形の体に降りまいた。

 異形の体はきらめく緑を(まと)い、ふわりとその場から浮き上がった。光の空間へと手を伸ばし、()いたように、ずっと()がれていたものを求めていく。その先の光の中に、リーゼロッテは白く(おぼろ)げな誰かの姿を垣間見た。

 そこへたどり着く頃に、小さな異形はひとりの青年の姿となっていた。光の中の誰かに手を差し伸べ、愛おしくその体を抱きしめる。

 ()い願った存在にこころが打ち震え、何もかもが満たされていく。リーゼロッテは異形の思いをつぶさに感じて、その波動に緑の瞳を潤ませた。

 抱き合ったふたりは、まるで初めからそうであったかのように、境目(さかいめ)なくほどけてひとつになっていく。輪郭(りんかく)がぼやけ、やがて光の扉は閉ざされる。天への道が消えゆく間際(まぎわ)に、振り返った光のゆらめきが、小さくありがとうと(ささや)いた。リーゼロッテの耳には鈴の()のように、それは静かに響いていった。

 しばらく異形が還った空間を見つめていたリーゼロッテは、ふと視線を感じてそちらをみやった。

 執務机でペンを握ったままのマテアスが、あんぐりと口を開けてこちらを見つめている。目を見開いているようだが、それでも相変わらずの細い糸目だ。何かあったのかとリーゼロッテはマテアスに向かってこてんと首をかたむけた。

「今ので十匹目だ。今日はもう終いにしろ」

 不意に頭の上から声をかけられる。見上げると、ソファの横にジークヴァルトが立っていた。

 ここはフーゲンベルク家のいつもの執務室だ。リーゼロッテは白の夜会の後、程なくして公爵家に移動した。社交界にデビューを果たしたからと、特に何が変わったわけでもなく、力の制御の特訓をしたり異形相手におしゃべりをしたり、以前とさほど変わらない日々を過ごしている。

 デビュー前と変わったことといえば、やたらとお茶会や夜会の招待状が届くようになったことだろうか。ダーミッシュ家に届いたリーゼロッテへの招待状は、そのままジークヴァルトの元へと届けられ、そのことごとくが却下され続けている。

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