氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 その涙が今にもこぼれ落ちそうな様子に、マテアスは激しく動揺した。なぜそこで泣くのかがわからない。そして、横からあふれ出る(あるじ)の殺気に身がすくむ。

「りりりリーゼロッテ様、お気に(さわ)ることを申し上げましたのなら謝罪いたします」

 普段は冷静沈着なマテアスが、はわはわとなっている。横暴な貴族が理不尽(りふじん)な要求をしてくることはままあることだが、リーゼロッテのこの反応はマテアスの理解をはるかに超えていた。

「ジークヴァルト様、あれは浄化ではありませんわ」

 今度はジークヴァルトに向かって毅然(きぜん)と言った。(あふ)れそうになる涙をためて、ぐっとこらえるようにその顔を見上げる。

「いや、あれは、浄化か浄化じゃないかと言ったら、浄化だろう」

 ジークヴァルトが無表情でそう返すと、途端にリーゼロッテの瞳からぶわっと涙が溢れ出た。ジークヴァルトの眉間にしわがよる。次いで助けを求めるようにマテアスの顔を見た。

「リーゼロッテ様、もしよろしければ、その涙の訳をわたしどもに教えていただいてもよろしいですか……?」

 マテアスが(ふところ)から出したハンカチをリーゼロッテに差し出すと、その横からさっとジークヴァルトがそれを奪っていった。そのままぽいとテーブルの向こうに投げ捨てると、ジークヴァルトは自分のハンカチを取り出して、それをリーゼロッテに握らせる。

「だって、だって……ジークヴァルト様、過保護でいらっしゃるから……あれが浄化だとすると、危ないからやってはダメだとおっしゃるかもしれないでしょう……?」

 ぐずぐずと泣き続けながら、リーゼロッテはようやくそう口にした。マテアスがぽかんと口を開けた後、ジークヴァルトの顔をジト目で見やる。ジークヴァルトは眉間にさらに深いしわを寄せた。

 小鬼の目をきゅるんとするのは、一日十匹までならやってもいいと許された。人数限定ならばと、リーゼロッテはひとり当たりに()く時間を長くしたのだ。

 そうしているうちに、異形たちはそれぞれ違う苦しみを抱えていることが分かってきた。だがその大半は、なぜ自分が苦しいのかすら理解していない者がほとんどだった。一度の触れ合いで満足してはしゃぎまわる異形もいたし、先ほどの天に還った異形のように、幾度(いくど)かリーゼロッテの元に訪れる者もいた。

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