氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 頬に添えられた手に顔を上向かせられ、目じりにたまった涙をハンカチで(ぬぐ)われる。思わず「ん」と目を閉じると、不意にぱさりとハンカチがリーゼロッテの手元に落ちてきた。

 壁際(かべぎわ)でガン! と大きな音がする。驚いてそちらを見やると、ジークヴァルトが壁に向かって頭を打ちつけている姿が目に入った。

「じ、ジークヴァルト様!?」

 ガン、ガンと、続けざまに壁に頭突きするジークヴァルトを前に呆気(あっけ)にとられていると、動きを止めたジークヴァルトがおもむろに振り返った。

「大丈夫だ、問題ない」
「ご立派です、旦那様……!」

 (ひたい)を赤くして涙目のまま言うジークヴァルトに、感激したように返すマテアス。まったくもって意味が分からない。リーゼロッテは(いぶか)()にこてんと首をかしげた。

(ヴァルト様はやっぱり、自虐(じぎゃく)趣味(しゅみ)がおありなのね……)

 このことは胸に()めておこう。残念な気持ちでそんなことを思っていると、手元にあったハンカチが床に落ちているのに気づく。手にした小瓶をテーブルの上に置いてから、リーゼロッテはそのハンカチを拾い上げた。

「あ……!」

 手にしたハンカチは、リーゼロッテが子供の頃にジークフリートに贈ったものだった。見覚えのあるピンクのウサギの刺繍(ししゅう)を、リーゼロッテはまじまじと見つめた。

 子供が刺したとはいえ、その刺繍の出来(でき)はかなり微妙な仕上がりだ。だが、知らぬ間に異形の者たちに邪魔されながら、一年かけて懸命に(ほどこ)したものなのだ。そのことを加味すると、十分な出来と言えるのではないだろうか。

(でも本当にどうしてこれを、ヴァルト様が使っているのかしら……)

 このハンカチは当時のリーゼロッテが、初恋の人であるジークフリートを思いながら刺繍を刺して贈ったものだった。それを息子とはいえ簡単に他の人間に渡されては、複雑な心境になってしまう。そんな物思いに(ふけ)っていると、ひょいとハンカチが取り上げられた。

< 352 / 684 >

この作品をシェア

pagetop