氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「いえ、我が娘イザベラが、フーゲンベルク公爵の元へ(とつ)ぎたいなどと我儘を申すもので、ほとほと困っていたのですよ。何せ年を取ってから授かった娘なもので、甘やかして育てすぎてしまったようです。いや、お恥ずかしい限り」

 たれ目をさらにたれさせている伯爵は、本当に娘のことが可愛くて仕方ないのだろう。

「ですが、公爵のお相手が妖精姫と知れば、イザベラも納得せざるを得ないでしょう。いや、本当によかったよかった」

 再びうんうんと頷いたあと、ブラル伯爵はジークヴァルトを仰ぎ見た。

「ああ、それと執務のことで、公爵に火急のご相談が……」
 そう言いながらリーゼロッテをちらりと見やる。仕事の話をしたいので、席を外してほしいということだろう。

「ジークヴァルト様、わたくし先にひとりで……」
「ダメだ、却下だ。絶対にオレのそばを離れるなと言っただろう」

 間髪入れないその返しに、ブラル伯爵が驚いた顔をした。

「あの、でしたら、少し離れたところで待っておりますわ」
 つかまれている手を離そうとすると、ジークヴァルトがぎゅっと握り返してくる。

「ダメだ。ダーミッシュ嬢はここにいろ」
「ですが……」

 ブラル伯爵も困った顔をしている。執務に関することを部外者に話したくないのだろう。一国の宰相が急ぎというなら、いらない手間をかけさせるのはどうかと思う。

「あの、ヴァルト様……責任をもってお仕事なさっている殿方を、わたくし、とても尊敬いたしますわ」

 そう言いながら小首をかしげる。あどけない子供のまなざしを意識して、きらきらと期待に満ちた視線を向けた。
 ジークヴァルトは一瞬眉間にしわを寄せてから、「そうか」と言って顔をそらした。

 その手が緩んだ隙に、リーゼロッテは廊下の端に移動した。ここなら異形もいないし、往来の邪魔にもならないだろう。ジークヴァルトの目の届く位置にいるし、ふたりの会話も聞こえない距離だ。

「絶対にそれ以上離れるなよ」
 くぎを刺すように言うジークヴァルトに、リーゼロッテは「もちろんですわ」と微笑み返した。

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