氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 ぱちん、という指先の衝撃に、若い女官は思わず小さな悲鳴をあげた。振り向くと、笑い声をあげながらハインリヒ王子が逃げ走っていく後ろ姿が目に映った。

「まったく、王子殿下ときたら、間もなく十二になるというのに、まだまだ悪戯ばかりね」

 隣にいた年上の女官があきれたように言う。静電気体質のハインリヒ王子は、毎年冬になると、女官に触れては驚かして回っているのだ。

 だが、こんな光景を見られるのもあとわずかの事だ。
 本来、王以外の男は許可なく入ることができない王妃の離宮だが、幼少の折からハインリヒは自由に出入りしている。しかし、王太子となった後はそうもいかなくなるだろう。

 ハインリヒは十二歳の誕生日に、立太子の儀を迎えることになっている。この国の成人は十五を迎える年からだが、王族の男児は十二歳から様々な公務をこなすのがしきたりだ。王太子に冊立(さつりく)された後は、ハインリヒの自由な時間はほぼないと言っていい。

 未来の王として、ハインリヒが学ぶべきことは山のようにある。王子のやんちゃぶりがみられなくなるのは寂しい気もするが、その成長を誇らしく思う気持ちの方が大きかった。

「もう、なんでいつもわたしばかり……」
 若い女官がため息をつく。今年ハインリヒが狙ってくるのはこの若い女官ばかりだ。

「王子殿下は柔らかいものがお好きなのよ」
 年上の女官にそう言われ、若い女官はわからないといったように首をかしげた。

「さぁ、無駄話はこのくらいにして、仕事に戻るわよ」

 急かされて、足早に持ち場に戻っていく。

 そんな平穏な日々は、無慈悲に終わりを告げる。
 その予兆に気づく者はいないまま、真冬の雲ひとつない晴天の日を最後に、その後しばらく雪が降り続けた。

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