氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
    ◇
 過密なスケジュールを終えて、ハインリヒはその日ようやく再び自室へと戻った。
 早朝より支度を進め挑んだ立太子の儀が、遠い昔のことのように感じられる。だが、これはほんの始まりに過ぎない。未来の王として、自分はこれからの日々をこなしていかねばならないのだ。

 今日はもう休んで、明日からの公務に備えなくてはいけない。人払いが済んだ自室で、気が緩んだようにハインリヒは大きく息をついた。
 式典用の豪華な衣装を脱ごうとして、だがハインリヒはふとその手を止めた。

(最後にこの姿を見せたいな)

 王妃の離宮には、もう、王の許可なく立ち寄ってはならない。周りの者からそう言われている。だが、今日のこの自分の晴れ姿を、離宮で世話になった者たちに見てほしい。
 そんな子供じみた考えが頭をもたげてくる。もう、遅い時間だ。みなもすでに眠っている頃だろう。そうも思うのだが、行ってはならないと言われると、余計に行きたくなってしまうのが人の性だろう。

(最後に本当に一度だけだ)

 ハインリヒはひとり頷いて、自室の書斎へと向かった。この部屋は、隠し通路で王妃の離宮へ通じている。そう聞かされていたが、いまだその通路を使ったことはない。
 確認のためだとそう自分に言い訳をして、教えられたとおりの手順で通路を辿っていった。

 ついた先の部屋は王太子妃用の部屋らしい。(あるじ)不在のため、今は誰にも使われていない。その部屋を抜けて、ハインリヒは寝静まった王妃の離宮の中へと足を踏み入れた。

 様々な思い出がある場所だ。感慨深くハインリヒは離宮の中をゆっくりと見回るように辿っていった。

 奥まった場所にあるサンルームにまでやってくる。晴れた日は、ここで過ごすのが好きだった。

(ジークヴァルトと初めて会ったのもここだったか)

 母親であるディートリンデに連れられてやってきたジークヴァルトは、今と変わらない無表情な奴だった。アデライーデの弟だと言うから興味津々で会ったのだが、ふたりが似ているのその瞳の色くらいで、非常に拍子抜けしたのを覚えている。

(まあ、あのふたりもずっと離れて過ごしていたのだからな)

 異形に狙われるジークヴァルトにかかりきりで、アデライーデはあちこちに預けられて過ごしていたらしい。後から聞いた話だが、ふたりの姉弟らしからぬよそよそしさは、そのせいだったらしい。

 それを思えば、自分とアデライーデの方がよほど共にいる時間を過ごしたのではないだろうか。

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