氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 小さく明かりが灯されたサンルームを見回しながら、そんなことを思っていると、ハインリヒはふとそこに人がいることに気が付いた。庭が見渡せる位置に置かれた長椅子の上で、ごろんと無防備に横になっている人影が目に入った。

 こんなところで寝るような人物には、心当たりがある。そうっと近づくと、やはりそれはアデライーデだった。

(言われてみれば、昔もよくこうやって所かまわず眠っていたな)

 アデライーデは夜着にガウンを羽織っただけの姿で、すーすーと寝息を立てている。ハインリヒはあきれ半分にため息をついた。

「風邪をひいたらどうするんだ」

 そうっとその顔を覗き込む。その寝顔はあどけなくて、本当に昔に戻ったような気分になった。

 ふと、その胸元に視線が落ちる。昔と違って、そこは柔らかな曲線を描いていた。その弾力のありそうな胸が、寝息と共にゆっくりと上下する。

 ――触れてみたい

 ハインリヒはごくりとのどを鳴らして、そのやわらかそうなふくらみに、無意識のまま手を伸ばしていた。

 ハインリヒのまだ幼さの残る指先が、アデライーデの胸にふにと沈んだ。その瞬間、ぱちりとした静電気が青白くはじけた。不快そうに眉間にしわを刻んだアデライーデが身をよじる。

 だがそれは一瞬のことで、アデライーデの寝息は再び深いものとなる。身をこわばらせていたハインリヒは、安堵のため息をついてその肩の力を抜いた。

 いけないと思いつつも、その誘惑に勝てずに、再びその手を伸ばしてしまった。その先にある悲劇など、想像することもなく――

 ハインリヒが確かめるようにアデライーデの胸に手のひらを押しあてたとき、それは突如現れた。

 目の前が明るく輝き、あたたかな何かに包まれた。
 自分の中から何かが這い出て目の前で膨らむ感覚だ。胸が締め付けられるようなその熱に、ハインリヒの瞳から、知らず涙が溢れた。

(あたたかい)
 まるで亡き母に抱かれているかのようだ。母の思い出など、何ひとつ持っていないはずなのに。

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