氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 バルバナスは憮然とした表情のまま、枯れ木の根元に立つ異形に目を向けた。確かめるように、その腕を真っ直ぐと伸ばす。
 雪が積もっていない円状の空間に、手のひらを押し当てるように進めていく。ふわりとした圧に軽く押し戻されるような感覚があるが、中に入れないということはなさそうだ。

 そのままその空間に足を踏み入れようとしたところで、隣にいた年配の騎士がそれを制した。
「バルバナス様、わたしが行きます」

 禁忌の異形とされる星を堕とす者の実態は、いまだによくわかっていない。史実の中で幾度かその名が出てくるだけで、長いこと伝説のように囁かれてきた。

 しかし、それは実在するのだと多くの者に知らしめたのが、十五年前におきた前ザイデル公爵の謀反(むほん)だった。公爵にそそのかされてハインリヒを殺害しようとたくらんだ女は、それを目前にして龍の手により星に堕ちたという。

 バルバナスが一歩下がって頷き返すと、その騎士は意を決したように円の中に入っていった。瞬間、身をこわばらせ、数歩歩いたところでいきなり騎士は片膝をついた。異形にはまだ近づいていない、そんなすぐそこの距離だった。

 ちっと舌打ちをして、バルバナスは躊躇することなく、自らその中に踏み入った。途端に空気が重くなる。濃厚な緑の力に肺がつぶされるような感覚だ。

 脂汗をかいてうずくまっている騎士の腕を引っ張り上げると、バルバナスはその円からすぐに出た。見ると、バルバナス自身も汗が噴き出している。はっと息を吐いて、動揺を表に出さないようにするだけで精いっぱいだ。

 引き上げた騎士を他の騎士に任せると、バルバナスはいまだ微動だにしていないジョンを睨みつけた。

「おい、あの侍女連れてこい」

 鋭い声に臆することなく、エッカルトが冷静な声で聴き返す。

「恐れながら、あの侍女とは、エデラー男爵令嬢のことでございましょうか?」
「わかってんならさっさと連れてこい!」

 その怒鳴り声に、奥にいたヨハンがびくっとその巨体を震わせた。

 エラは無知なる者だ。先ほど、バルバナスもそれを見抜いたのだろう。エッカルトの目配せに、マテアスが渋々と言った様子でこの場を離れていく。

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