氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 その刹那、エラが手にしていた小瓶が上へと弾き飛ばされ、空中で粉々に砕け散った。中の液体が、瞬時にその場で霧散する。

「エラ様!」

 誰もが動けないでいる中、マテアスがなんの戸惑いもなくその円へと飛び込んだ。ぐっと顔をしかめながらも素早くエラの手を引いて、その外へと連れだしていく。

 その様子をバルバナスは冷静に眺めやっていた。エラが聖水を傾けた時、一瞬だがジョンから殺気が放たれた。だが、それを覆い隠すように、緑の力がさらに強まったのをバルバナスは確かに目にした。小瓶を割ったのは異形だが、聖水を霧散させたのは緑の力といった所か。

「ちっ。木ごと守り石みたいになっちまってる」

 しかも、その力が守っているのは、どうやらあの異形そのものらしい。

(らち)があかねぇな」
 吐き捨てるように言うと、バルバナスは苛立ったまま振り返った。

「リーゼロッテ呼んで来い。今すぐだ」
「しかし、リーゼロッテ様は今、王城にいらっしゃいますれば……」

 エッカルトの答えにバルバナスは再び舌打ちすると、(きびす)を返した。

「明日までに連れ戻して来い。例え、龍付きだとしても従ってもらうぞ。ジークヴァルトにそう言っとけ」

 顔だけこちらに向けてそう言い残すと、バルバナスは騎士たちを連れて屋敷の方へと去っていく。有無を言わさぬその背中を、残された者たちは黙って見送った。

 龍付きとは、龍の託宣を受けた者たちを揶揄する言葉だ。主に、龍の存在を知り、それでも龍から託宣を受けなかった人間が使う類のものだった。

「なあ、エッカルト。バルバナス様って、いまだ龍に選ばれなかったこと根に持ってんのか? 弟に王位を取られて、託宣の存在を知らない貴族に無能扱いされちゃあ、まあ、無理もねえ話か」

 ユリウスの小声に、エッカルトが滅多なことを言うなという視線を向ける。

「オレなんざ、選ばれなくて万々歳だぜ? まったく、王族のプライドってのも厄介なシロモンだな」

 託宣を受けた者たちを見ていると、どうにもこうにも窮屈そうだ。あのジークフリートでさえそう見えるのだから、それを望む奴らの気が知れない。

「それ以上おっしゃいますと、今度こそ大奥様にご報告せざるを得ませんな」

 エッカルトの言葉に、ユリウスはぴゅっと背筋を正した。

「分かった、もう何も言わん。頼むからディートリンデにだけは黙っててくれ」

 情けない震え声を出すユリウスに、エッカルトは小さくため息をついた。

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