氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 王太子の応接室で王子がしていたように、後ろからカイの頭をはたき落としたい。そんな衝動(しょうどう)にかられながら、はたとリーゼロッテは大事なことを思い出した。

(そうだわ! アンネマリーの小箱!)

「デルプフェルト様……その辺りで笑いを収めてくださいませんか? リーゼロッテ様がお困りですわ」
 不意に後ろからエマニュエルの声がした。視察が終わるまで廊下で控えていたようだ。

「これは、ブシュケッター子爵夫人。たいへん失礼しました」

 カイはエマニュエルの姿を認めると、途端(とたん)に笑うのをやめた。人懐(ひとなつ)っこそうな笑顔を向けて、エマニュエルの白い手を取ったかと思うと、迷いのない動きでその指先に口づける。

「相変わらずのお美しさですね。次の夜会でお会いした折には、一曲踊っていただけますか?」
「まあ、デルプフェルト様にお誘い頂けるなんて、光栄ですわ。ですが、あいにくと主人が嫉妬(しっと)深くて……どうか、他のご夫人をお誘いなさって? デルプフェルト様でしたら、お相手にお困りになることはないでしょう?」

 エマニュエルも妖艶(ようえん)な笑みを浮かべたまま、慣れた感じで切り返している。その様子を目の当たりにしていたリーゼロッテは、ぱちくりと緑の瞳を(またた)かせた。

(か、カイ様って、こんなキャラだった!?)

 カイは社交界では、夫人キラーで有名なのだが、デビュー前のリーゼロッテは知る(よし)もないことだ。
 侯爵家五男(ごなん)のカイは継ぐ爵位もないため、結婚相手としては若い令嬢たちには見向きもされていない。それをいいことに、カイは既婚者や未亡人相手に気ままによろしくやっているのである。

 そんなこととは(つゆ)とも知らないリーゼロッテは、アンネマリーのためにこの機会を逃してはならないと、気を取りなおして口を開いた。

「……あの、カイ様。視察が終わってからで構わないので、できれば後程(のちほど)お時間をくださいませんか?」
「何? もうだいだい終わったから、いつでもいいよ?」

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