氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 雪解けも始まったころ、アデライーデは人前で取り乱すことをしなくなった。泣いて暴れても、何ひとつ変わらない。そうしても、誰ひとりとして止めることも、たしなめることもしなかった。ただ腫物を扱うように、周りの者は沈痛な顔をして自分を黙って見守るだけだ。

 ぼんやりと鏡の前に立つ。この醜い顔も見慣れてしまった。包帯を巻き続けようとする侍女に、煩わしいからと一切やめさせた。隠したからと言って何になると言うのだ。この傷が消えるわけでもない。
 鏡台の上の物はあの日以来、綺麗に片付けられるようになった。だが、その引き出しを開ければ、たぶんそこに入ってるだろう。

 今頃、友人たちは、春の茶会を楽しんでいるだろうか。噂を聞きつけて、手紙をよこす者もいたが、その大半は好奇心に満ちたものだった。

 このままいくと、自分は父によって選ばれた男の元に、逃げるように嫁がされるのだろう。父の事だから、年上の穏やかな人物を選ぶのかもしれない。
 なんだか(しゃく)だ。貴族に生まれたからには、自分の人生を自分で決めることなどあきらめていた。だが、公爵家の令嬢として、自分には人より選択の幅はあったはずだ。

 ふと思って、裁縫道具がしまわれた引き出しを開けた。中から布の裁断ばさみを取り出した。大ぶりなそのはさみを持って、再び鏡台の前へと立つ。

(いっそ修道女になろうかしら)

 幸い、自分は曾祖母の遺産として、それなりの財産を受け継いでいる。その金で領地のどこかに修道院を建て、孤児の世話をして生きていくのもいいかもしれない。
 筋力の落ちた腕で、なんとかはさみを髪にあてる。

「何をしている?」

 不意にそのはさみを取り上げられる。振り向くと、そこには無表情のジークヴァルトが立っていた。

 ジークヴァルトはアデライーデが動けるようになった今も、時々こうやって顔を出す。特に何をするでもなく、しばらくするとまた黙って帰っていくだけだ。

「髪を切ろうと思って」
「髪を?」

 その言葉に、ジークヴァルトは腰まできれいにのばされたアデライーデの髪に視線を落とした。ダークブラウンのまっすぐな髪は、今でも美しく整えられている。

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