氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 笑わなくなったアデライーデは、それでも心の平衡を保てていた。少なくともあの時、自分ではそう思っていた。

 自分が平気そうな顔さえしていれば、何もかもがうまく回った。それを見て、周りの者はあからさまに安堵した。極力何も考えないように。時折向けられる哀れみの視線も、気づかないふりをした。そうすれば、ただ、時間だけは穏やかに過ぎていったから。

 ぼんやりとソファに座っていると、いつの間にか向かいでジークヴァルトが本を読んでいる。この弟はいつまでここへ、こうしてやって来るつもりなのだろう。

「ねえ、いつも何を読んでいるの?」
「これだ」

 問いかけると、ジークヴァルトは手にしていた本の表紙を掲げてアデライーデに見えるようにした。そこには『夜会の髪結いー上級者編ー』と書かれている。

「エマがいつも読んでいる」

 訝し気な顔をしたからだろう。ジークヴァルトが補足するように付け足してきた。

「ここではずっとそれを読んでいたの?」
「ああ」

 そう言って、ジークヴァルトは再び本に目を落とした。じっくり読みこんでは、時折ページをめくる。

 アデライーデはその本を取り上げると、ぺらぺらとページをめくっていった。

「ねえ、これやってみてよ」

 中でもことさら難しそうな髪型を選んで指定した。ジークヴァルトは何も言わずに立ち上がると、鏡台に目を向ける。アデライーデは櫛やらピンやらが入った箱を探し出して、ジークヴァルトに手渡すと、鏡の前の椅子に腰かけた。

 ジークヴァルトは箱の中をしばらく吟味してから、まずブラシを手に取りアデライーデの髪をゆっくりと梳きだした。
 その手つきをぼんやりと眺める。しばらくすると、ジークヴァルトは見様見真似で、櫛とピンを駆使してするすると髪を結いあげていった。

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