氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 自分はやはりそのうちどこかに嫁がされる運命だろう。鳥かごの中、穏やかにただ時間は過ぎて、このまま死んだように生きていく。

 ぼんやりとそんな日々が続いて、ある日母から、辺境伯である祖父の元に行かないかと尋ねられた。祖父のジークベルトの元には、幼少の頃にしばらく預けられていた記憶がある。
 何もない荒野のような場所だ。あそこなら、ぶしつけな茶会の誘いも断ることも容易にできるし、馬に乗って野を駆けるのも楽しそうだ。
 他国に通ずる山脈の砦を守るためのその地は、今の自分にとてもふさわしいように思えた。

 体力の回復を待ちながら、旅の準備を進める。と言っても持っていくものなど、何ひとつなかった。せわし気に荷造りしている侍女たちを、ただぼんやりと眺めるだけだった。

 そんな日に、バルバナスは突然アデライーデの目の前に現れた。

 子供の頃、王妃の離宮に預けられていた際に、バルバナスとは幾度か話す機会があった。何なら、ハインリヒと共に、その背に乗って尻を鞭で叩いたことだってあるくらいだ。

 静かな屋敷が浮足立つ様子を不思議に思っていた矢先に、その鮮烈な赤毛の男はデライーデの前に立った。射貫くような金色の瞳に、アデライーデは忘れかけていた生に対する憧憬を思い出す。

 生気なくやせ細ったアデライーデを、バルバナスはぶしつけに眺めた。弱い自分を侮蔑されているようで、アデライーデはたまらない気持ちになった。思わず目をそらす自分に、なぜだが恥ずかしさだけが込み上げてくる。

「悔しいか?」

 不意にバルバナスはアデライーデに向かって問うた。思わず顔を上げると、挑むような金の瞳とぶつかった。そこに憐憫(れんびん)は微塵もない。

「悔しいか? アデライーデ」

 再び投げかけられた問いに、アデライーデの顔はぐしゃりと歪んだ。

「悔しいわ! 悔しいに決まっているじゃない! わたし、悔しくてたまらない……!」

 そう叫びながら、アデライーデはいつの間にか自分が泣きじゃくっていることに気がついた。奥歯を噛み締めながら、心の慟哭は鳴りやまない。

 自分は何も選べない。さえずりを忘れた小鳥のように、籠に捕らわれたままこのまま一生を終えるのか。

 逃げ出したい。何もかも忘れて。ここから、誰も知らない場所へ。

「ならば、オレが連れて行ってやる。その覚悟あるなら、今すぐこの手を取れ」

 声を震わせて叫ぶアデライーデに、バルバナスは大きなを差し伸べた。
 アデライーデは導かれるように、迷いなくその手を取った。抱えあげられて馬に乗せられたアデライーデは、本当にそのまま公爵家の屋敷から連れだされてしまった。

 突然の誘拐事件に、屋敷中がひっくり返るような大騒ぎになったことは後から聞かされた。エッカルトをはじめ屋敷中の者は、今でもそのことを根に持っているらしい。

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