氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 そんなことを思い出しているうちに、意識がふと浮上する。軽く眩暈(めまい)がする頭で、ゆっくりと体を起こす。また、あの夢を見てしまった。そんな疲労感に無意識にため息が口をついた。

 先ほどのジークヴァルトのおかしな行動のせいかもしれない。八つ当たりのように思って、アデライーデは頭の芯に残る痛みをやり過ごそうとした。

 そんなとき横からグラスが差し出される。ぼんやりとみると、そこには心配そうにのぞき込むエマニュエルがいた。

「手間をかけさせたわね」

 エッカルトがわざわざ子爵家から呼び戻したのだろう。渡されたグラスの中身を一口含むと、少しだけ気持ちが落ち着いた。これはひどい頭痛がするたびに、エマニュエルがいつも入れてくれる特製のお茶だ。エマニュエルはいつでも、アデライーデを優先させて事を進めてしまう。

「アデライーデ様のためなら、何をもってしても駆けつけますわ」

 エマニュエルは子爵家に嫁いだことを、今でも後悔しているようだ。アデライーデが怪我を負った時にはすでに、子爵との婚姻話は後戻りできないほどに進められていた。

「エマにはわたしよりも優先すべきことあるでしょう?」
 エマニュエルはもう子爵夫人だ。家をないがしろにしていい立場ではない。

「いいえ。アデライーデ様は、わたしが唯一主人と認めた方ですから」

 静かにほほ笑んで、エマニュエルはグラスを下げに行った。エマニュエルは自分が決めたことに対して、絶対にひいたりはしない性格だ。そこに歯がゆさも覚えるが、素直にうれしいと感じる自分もいた。

 まだずくずくとうずく痛みに、額を押さえた。結局は、何も変わらない。自分はいまだ籠の中の鳥だ。

 バルバナスはあの日、確かにアデライーデをあの場から連れ去ってくれた。騎士団での毎日は、目新しいものばかりだったが、結局は檻の主が父からバルバナスになっただけの事だった。(いく)年月(としつき)を経ても、自分は何ひとつ自由に動けないままだ。

 ぎゅっと唇をかみしめて、アデライーデは鏡に映る自分を睨みつけた。
(これじゃ、あの頃の子供のまま何も変わらないわ)

 ふっと息を吐き、エマニュエルを呼ぶ。

「文を書くから準備してちょうだい。ウルリーケお(ばあ)(さま)に会いに行くわ」
「よろしいのですか?」

 驚いた様子のエマニュエルに、頷き返す。

「今わたしは休暇中だもの。公爵家の人間として、お婆様を訪問するだけよ」

 そこに何の問題があるというのか。もう誰かの言いなりで生きるのはうんざりだ。その先に後悔が待っていようとも、自分が選んだ道ならどのような結末も納得できるはずだから。

 そんなアデライーデは、あの日々よりも、今を生きているようにエマニュエルの目には映った。目の前にいるのは、誰よりも誇り高い自分の(あるじ)だ。


 エマニュエルは頷いて、とびきり上等の便箋を、アデライーデのために用意した。

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