氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
ハインリヒはリストに目を落とすと、眉根を寄せた。各貴族の最近の動向が、注意事項として記載されている。領地経営でどんなトラブルを抱えているとか、こんな野心を持っているとか、考慮しておくべきそんな類の事だ。
「グレーデン家の不正はまだ野放しなのか? 資金の流用で領地の整備が行き届いてないと聞く。父上は何をお考えなのだ」
「いやはや、王太子殿下の民を思うお心にはいつも感服させられますな。とは言ったものの、貴族たちにある程度いい思いをさせるのも、政の一環と言えましょう。ディートリヒ王もきちんとお考えの上での事にございますよ」
しかし、と反論しようとするハインリヒに、ブラル伯爵はうんうんと頷きながらやんわりと言葉を遮った。
「王太子殿下の御代となった折が楽しみですな。いや、この国の未来は明るい。我が子の暮らす世が安泰と言うのは、誠に喜ばしいことです。いえ、我が娘イザベラは少々甘やかして育てすぎたせいか、なかなか気の強い娘に育ってしまいまして。そんなイザベラが乱世に生きようものなら、勇ましく前線に飛び出しかねないと常々心配を……」
口をはさむ余地なくしゃべり続けるブラル伯爵を前に、ハインリヒは言いかけていた言葉を飲み込んだ。そんな様子に気づいたブラル伯爵は、頭に手をやり朗らかに笑った。
「いやはや、誠に申し訳ございません。遅くに授かった娘ですので、どうにも猫っ可愛がりをしてしまいまして。何にいたしましても、新年を祝う夜会は貴族たちにとって、長い冬唯一の娯楽でございます。政治的駆け引きは必要最低限に留め置くのが、最良の判断と言えましょう」
宰相の立場も相まって、誰からも一目を置かれるブラル伯爵だが、このおしゃべりのせいでまるで威厳というものが感じられない。
誰に対しても態度が変わることのないこの人柄は、やんわりと相手の懐に入り込んでしまう。宰相という地位にありながらも、目立った敵がいないのもそのためだ。これが計算ずくというのなら、この男こそ、人を束ねる王に相応しいのかもしれない。
「宰相の方がよほど施政者に向いているな」
思わず弱音を漏らしてしまう。
「何をおっしゃいますか。わたしごときは、使われてこそ能力を発揮できる人間です。上に立つべき者の資質など、これっぽっちも持ち合わせてなどおりませんよ」
だが、ブラル伯爵には伝わっているはずだ。焦りと劣等感を、常にハインリヒが抱えていることに。
「グレーデン家の不正はまだ野放しなのか? 資金の流用で領地の整備が行き届いてないと聞く。父上は何をお考えなのだ」
「いやはや、王太子殿下の民を思うお心にはいつも感服させられますな。とは言ったものの、貴族たちにある程度いい思いをさせるのも、政の一環と言えましょう。ディートリヒ王もきちんとお考えの上での事にございますよ」
しかし、と反論しようとするハインリヒに、ブラル伯爵はうんうんと頷きながらやんわりと言葉を遮った。
「王太子殿下の御代となった折が楽しみですな。いや、この国の未来は明るい。我が子の暮らす世が安泰と言うのは、誠に喜ばしいことです。いえ、我が娘イザベラは少々甘やかして育てすぎたせいか、なかなか気の強い娘に育ってしまいまして。そんなイザベラが乱世に生きようものなら、勇ましく前線に飛び出しかねないと常々心配を……」
口をはさむ余地なくしゃべり続けるブラル伯爵を前に、ハインリヒは言いかけていた言葉を飲み込んだ。そんな様子に気づいたブラル伯爵は、頭に手をやり朗らかに笑った。
「いやはや、誠に申し訳ございません。遅くに授かった娘ですので、どうにも猫っ可愛がりをしてしまいまして。何にいたしましても、新年を祝う夜会は貴族たちにとって、長い冬唯一の娯楽でございます。政治的駆け引きは必要最低限に留め置くのが、最良の判断と言えましょう」
宰相の立場も相まって、誰からも一目を置かれるブラル伯爵だが、このおしゃべりのせいでまるで威厳というものが感じられない。
誰に対しても態度が変わることのないこの人柄は、やんわりと相手の懐に入り込んでしまう。宰相という地位にありながらも、目立った敵がいないのもそのためだ。これが計算ずくというのなら、この男こそ、人を束ねる王に相応しいのかもしれない。
「宰相の方がよほど施政者に向いているな」
思わず弱音を漏らしてしまう。
「何をおっしゃいますか。わたしごときは、使われてこそ能力を発揮できる人間です。上に立つべき者の資質など、これっぽっちも持ち合わせてなどおりませんよ」
だが、ブラル伯爵には伝わっているはずだ。焦りと劣等感を、常にハインリヒが抱えていることに。