氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「王太子殿下はこれ以上なく努力を重ねておいでです。何、このブラルが保証いたします。伊達(だて)に何年もおそばでお仕えしておりませんよ」

 たれ目をさらにたれさせて朗らかに笑った後、ブラル伯爵はすっと真顔になった。

「そちらのリストには載せてはおりませんが、本人たっての希望でミヒャエル殿が夜会に出席することとなりました」
司祭(しさい)枢機卿(すうきけい)が?」

 ブラル伯爵は神妙に頷いて見せる。神殿の人間が貴族の夜会に出席することはほとんどない。主催する貴族が招くことはあっても、自らが要望するなど常識では考えられないことだった。

「不穏な噂も多い男です。彼にだけは、十分お気をつけくださいますよう」
「分かった。注意しよう」

 声をひそめて言うブラル伯爵に、ハインリヒは深く頷いた。

 ミヒャエルは神殿組織で、神官長に次ぐ地位につく男だ。司祭枢機卿などという肩書も、半ば強引に自らが作り上げた称号だった。
 当代の神官長は敬虔(けいけん)な人物で、地位や権力などにまったく興味を持たない根っからの神職者だ。人望は厚いものの、組織をまとめ上げるには不向きな人間と言えた。

 それをいいことに、ミヒャエルは周囲の人間を金品や脅しでからめとり、その権力を年々増してきている。ここ数年の目に余るほどの増長は、多くの貴族から不興を買っていた。
 だが神殿は龍から賜る託宣を、一元に管理する役割を担っている。王家と言えどおおっぴらに手を出すことができない仕組みが、長い歴史の中で確立されていた。

「とは言え、ディートリヒ王にお任せしておけば大事はないでしょう。時に王太子殿下。今年はどなたかご令嬢をエスコートする予定はございますか?」

 ブラル伯爵は龍の託宣の存在を知らない。宰相として、ただ国の行く末を案じているのだろうことは分かるのだが、ハインリヒの口からは重いため息が漏れて出た。

「今年もその予定はない」
「いやはや、さようでございますか。そこで王太子殿下に、お伺いするだけお伺いしたいことがあるのですが……」

 再びニコニコ顔になったブラル伯爵は「なんだ?」という返事に、声をひそめるように少しだけ前のめりになった。

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