氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「王太子殿下は理由なく理不尽な行いをするお方ではありませんよ。そのようなことくらい、おそばで見ていれば容易に分かるというものでしょう」

 やさし気に目を細めたブラル伯爵は、おべっかを使っているようには見えない。心からそう思っているだろうことが伝わってきた。

「そうか」

 こんな父親がいてくれたらさぞかし心強いだろう。複雑な心境になりながら、ハインリヒはニコラウスが少しだけうらやましいと感じていた。

「ご休憩が取れるようにと申し上げながら、余計な時間を頂いてしまいました。いやはや、つい話し過ぎてしまうのはわたしの悪い癖です。今日のところはここらで退散すると致しましょう」

 始終笑顔のまま、ブラル伯爵は部屋を辞していった。ひとり残されたハインリヒは疲れたように深いため息をつく。

 夜会のリストに目を落とす。そこにはアンネマリーの名も載っていた。

 アデライーデへの償えぬ罪。間もなく見つかるかもしれない託宣の相手。
 それらを前にしてもなお、この頭の中を占めるのはやはりアンネマリーなのだ。王太子である以前に、人としてもう終わっている。アンネマリーのいない日々だけが、当たり前の日常になり得ない。自分でも嫌気がさすほど、彼女ばかりを渇望してしまうのはなぜなのか。

 どうしようもなくなって、ハインリヒはとうとうその鍵を開けてしまった。自分の弱さにこれ以上ない苛立ちを覚えるが、引き出しの奥にあるそれに、手を伸ばさずにはいられなかった。

 脳裏に浮かぶはただひとり。
 冷えた懐中時計を握りしめ、ぎゅっとその(まぶた)を閉じる。

 ――アンネマリー
(君に、会いたい)

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