氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「あの、神官様。よろしければわたくしどもとお茶でもなさいませんか? 特製の茶菓子を用意させましたの。きっと神官様もお気に召すはずですわ」
「お心遣いありがとうございます。ですが、我々にそのようなもてなしは不要です。神殿の規律となっておりますので、どうぞお気を悪くされないでいただけますか」
「まあ、そうなの。でしたら濡れた衣服の代わりだけでも、こちらで用意いたしましょう。そのままでは神官様のお体が冷えてしまいますわ」

 残念そうに言う夫人は、なんとか神官の気を引こうと必死のようだ。しかし、神官は静かに首を振った。

生憎(あいにく)とこれからすぐに神殿に戻らねばなりません。そのお心だけ頂いておきます」

 (めし)いた瞳を感じさせない足取りで、神官は濡れた服を乾かすこともなく足早に帰っていった。

「はぁ……男の方なのになんだか綺麗な神官様だったわね。年甲斐もなく見惚れてしまったわ。それにしてもあの神官様、視力を失われていると聞いて初めは心配したけれど、とても慣れた感じで安心したわ」

 夫人のその言葉に、ジルケが何かを思い出したように笑い出した。くすくすと口元に手を当てながら、アンネマリーを振り返る。

「アンネマリーの時はひどかったのよ?」
「え?」

 アンネマリーはきょとんと目を丸くした。

「そういえばそうね。あの時の神官様は本当にひどかったわ」

 周りの者から笑い声が漏れる。その様子に、くるみ直された赤ん坊もきゃっきゃとうれしそうな声を上げた。何のことだかわからないというアンネマリーに、ジルケは悪戯っぽい笑顔を向ける。

「やってきた神官様がね、聖水を湯にすることなくいきなりアンネマリーを桶に浸したの。冷たかったのでしょうね。アンネマリーったら火が付いたように泣き出して」
「あの時の神官様の慌てぶりったら!」

 どっと笑いが起きて、驚いた赤ん坊がわっと泣きだした。「あらあら」と母親が慌ててあやしだす。

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