氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 ジョンはその光の中でふいに振り返った。こちらを見てくれた。そう思ったのも束の間、耐え難いほどの憎悪が一瞬のうちにその場に広がった。

『……――ク』

 地を這うような声が響いた。それがジョンから発せられたものだと気づくまで、一体、幾秒(いくびょう)費やしただろうか。

 放った緑の力がその場に溶けて消えた後も、ジョンはその場に立ったままだった。ただ、こちらを凝視しながら、悪意に満ちた意識をむけてくる。

「ジョン……?」

 リーゼロッテの声は届かない。ジョンの前髪が風に巻き上げられ、その額で禍々しい紅玉が光を放つ。

(龍の烙印(らくいん)――)

 その(くれない)のしるしにリーゼロッテは青ざめた。目の前にいるジョンから放たれるその邪気は、あの日見た深紅の女と同等――いや、それ以上のものだった。

 ジョンの憎悪はまっすぐとこちらに向かっている。ジークヴァルトに再び抱えあげられて、リーゼロッテはその肩ごしの先にいた人物に、思わず目を見張った。

(違う、わたしじゃない)

 むき出しの感情はリーゼロッテを過ぎ、その少し後ろに立っていた人物へと向けられていた。
 そこいたのはカークだった。カークはゆっくりと歩を進め、ふたりをかばうようにジョンの前へと立ちふさがる。

『カーク……! レオン・カークぅ! お前が……お前さえいなければ……!』

 咆哮(ほうこう)を上げたジョンの憎悪が変化する。そこに満ちているものは、もはや殺意だった。絶望の深淵(しんえん)に沈む蓄積した(おり)が、その叫びと共に巻き上げられる。むき出しの憎しみはジョンの意識の表層へと濁流を描き、それはただひとりカークへと向けられた。

「いや! やめて、やめてジョン! 駄目よ! その光を放っては駄目……!」

 手を伸ばすも、ジークヴァルトがかばうように引き離してしまう。それでもリーゼロッテはジョンへと届くように必死に叫んだ。

「お願い、ジョン! わたくしの話を聞いて!」

 その声は(くう)(むな)しくかき消えた。ジョンの紅は禍々しく光り輝き、渦巻く憎悪はこの場にいる者たちの心の平衡すら狂わせていく。

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