氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
(怒りで我を忘れているんだわ……!)

 その感情に(あらが)おうとしながら、リーゼロッテは心の限りその名を呼んだ。

「ジョン……!」

 ぱん! と空気が弾け、リーゼロッテは奇妙な浮遊感をその身に感じた。入れ替わるように空気が澄み渡る。突如として目の前に広がったのは、窓枠から見える空だった。雲ひとつない真っ青な晴天だ。

 リーゼロッテは、裏庭の見える一階の廊下に立っていた。それなのに地に足がついていない。ふわふわとしたその感覚に、混乱しかおこらない。

(ここはどこ……?)

 辺りを見回そうして、ふいに唄声が耳元に届く。どこか物悲しいその旋律は、窓の外から聞こえてきているようだった。

 よぎるように、誰かがリーゼロッテを追い越した。過ぎた人物の背を認め、リーゼロッテははっと息をのんだ。生成(きな)りのシャツとベストに(のり)のきいたスラックス。横顔からうかがえる前髪は、少し長すぎると感じる青年だ。

 ――ああ、今日もお嬢様が唄っていらっしゃる

 つぶやくような声に、リーゼロッテはその目を見張った。青年は書類を抱えたまま立ち止まり、耳を澄ますように窓の向こうの空をじっと見上げた。

(これは……、ジョンの記憶!?)

 その瞬間、景色がぶれる。気づくとリーゼロッテは立派な調度品が置かれる部屋の(すみ)に立っていた。
 すぐそこに椅子に腰かける女性がいる。艶やかな黒髪に深い青の瞳。女性は目の前にかけられた、豪華なドレスをただ悲し気に見つめていた。

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