氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 視界のきかない豪雨の中、厚い雲間から一筋の光がジョンの額へとまっすぐに()した。
 その刹那、リーゼロッテの全身がぐんと地面へと引っ張られる。その感覚は、ハインリヒと共に歩いたあの廊下で感じたものだった。

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 じんとしびれる圧をこの身に感じて、リーゼロッテはなぜだか咄嗟にそう思った。

 一筋の光はジョンの額へ紅のしるしを刻んでいく。苦し気に咆哮を上げ続けるジョンの手から、オクタヴィアの首筋が解き放たれた。力なく木の根元に体を横たえるオクタヴィアの前で、ジョンの額が紅く染まっていく。
 龍の烙印が刻まれるまま、ジョンは断末魔のごとく叫びを上げた。

「いや! やめて! ジョンを殺さないで……!」
「ダーミッシュ嬢!」

 肩を揺さぶられ、はっと顔を上げる。目の前にジークヴァルトがいる。混乱した状態のまま、つんざくような咆哮がさらに空気をかき乱した。

 ジョンを振り返る。そこにはリーゼロッテを守るように、カークが両手を広げて立っていた。

『レオン・カーク……! お前さえいなければぁっ』

 追憶の続きのまま、ジョンの憎しみが増幅していく。燃え上がる紅の炎が、カークへと一直線に向けられた。何もかもを焼き尽くすそれは、何も生み出すことのない虚無の炎だ。
 目の前でその灼熱にカークが飲まれた。同時にカークの思いが掻き消えていく。

「駄目よ、駄目! カーク、戻ってきて! やめてジョン! ジョン! ジョバンニ――っ!」

 ジークヴァルトの腕の中、リーゼロッテは悲鳴のようにただ叫んだ。その瞬間、リーゼロッテの体から、緑の光がほとばしる。その光はカークの体を追い越して、灼熱を押し戻すようにジョンひとりを目ざした。

 その場にいた誰もが動けなかった。ある者は意識を飛ばし、ある者は膝をつく。いまだにそこに立っていたのは、バルバナスと、リーゼロッテを抱えあげているジークヴァルトだけだ。

 (さいな)むようなジョンの憎悪が、一瞬で清廉(せいれん)な気に置き換わる。急激なその変化に、一同はさらに苦悶(くもん)のうめき声を上げた。

 リーゼロッテの力が、枯れ木ごとジョンをすべて包んでいく。その緑はまるで繭玉(まゆだま)のような大きな塊を作り、全てを覆い隠していった。

「一体、何が起きたってんだ――?」
 乾いたバルバナスの呻き声が響く。

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