氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「とりあえずイグナーツ様のとこ行ってくるよ」

 カイはミルクを飲み干すと、ダンにお礼を言ってこんがり亭を後にした。雪の裏路地を進み、目的地である場末の酒場の扉を迷いなく開ける。その瞬間、荒っぽい陽気な笑い声とむっとしたアルコールのにおいに包まれた。

「あら、カイ坊ちゃん。うちに来るなんてめずらしい」
「イグナーツ様、来てるでしょ?」
「誰も通すなって言われてる」

 酒場の女主人ルイーダは、ちらっと奥の扉に目を向けるも、軽く肩をすくませた。
 そんなルイーダに向けてコインをはじく。押し問答の時間が惜しかったので、金貨を投げてやった。それを器用に二本指でキャッチすると、ルイーダは「いつもの個室よ」とにんまりと笑った。

 閉ざされた扉の前まで行くと、何やらきゃっきゃうふふな笑い声が漏れてくる。イラつく自分をどうにか抑え、少々乱暴に、だが律儀にカイはその扉を叩いた。

「イグナーツ様、入りますよ」

 返事を待たずに扉を開け放つ。テーブルに足を乗せ、両脇に女を(はべ)らせたイグナーツがご機嫌そうに酒を飲んでいた。

「よぉ、カイ、春ぶり。なんかお前、でかくなったじゃね?」
「やだぁ、カイ坊ちゃん、でかくなってるぅ」

 女の肩に手をかけたまま、軽く指を上げる。両脇の女も相当出来上がっているようで、けらけらと笑いながらイグナーツの胸を意味もなくバンバン叩いている。

「ねえ、ふたりとも。悪いんだけど、今日はもうあっちで飲んできてくれる? イグナーツ様が全部おごってくれるからさ」
「えー?」
「でもぉ」

 両脇の女がイグナーツにしなだれかかりながらしがみつく。グラスを片手にイグナーツは、その様子をへらへらとした顔で見やっている。

「今度、王都で流行りの菓子を山盛り持ってくるからさ」

 にっこり言うと、女たちの目が輝いた。イグナーツを押しのけるように前のめりになる。

「王都ではやりの?」
「あのきれいでたっかいやつ?」

 カイが満面の笑みで頷くと、女ふたりはあっさりと立ち上がった。

「んじゃあイグナーツ様ぁそゆうことで~」
「またうちらをご指名してねん~」

 両脇からぶちゅっと頬に口づけられ、イグナーツは再び締まりのない顔でヘラっと笑った。

「おうよ、またよろしくな~」

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